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水戸部短編詰め合わせ

第6章 卒業


 じっと見つめ合う時間がどれ程たったろうか。ほんの一瞬だったかもしれない。瞬きをしている間に、水戸部の顔がななの耳元まで近付いた。
「みとっ……」
 熱い。息が、かかる。肩をすくめて逃げようとしたななの耳に入ってきた、のは。

(すき)

 まるで吐息のような声で。でも確かに、そう、言った。
「……っ!?」
 慌てて顔を離して相手の顔を見ると、真っ赤な顔で。難しい、表情で。でも、ひとつ目を伏せ呼吸を整えると、(あ、いつもの)優しい笑顔でななを、見る。顔はまだ、耳まで赤いままだけど。
 恥ずかしさが背中を下から撫でるようにやってきて、ななは、ぷいっと目をそらす。そして
「……いつから」
と小さな声で尋ねた。
「あの、夏休みの時から、気にしてくれたの?」
 無言。だが首を横に振る気配を感じる。
「……じゃあ、それよりも」
 前から? 驚いて水戸部を見ると、彼は照れたように小さく頷いた。
「じゃ、じゃあ! じゃあなんで!」
 あの時、返事をくれなかったのか。言葉じゃなくても、どうにだって答える術はあっただろうに。もしあの時、逃げずに答えを待っていたら。もしかしたら。
「あたしの、半年はなんだったのよ……」
 また涙が溢れる。乱暴にそれを拭っていると、優しい手が頬に触れ、そうっとななの目尻をなぞる。目を開けると、(ごめん)と言いたげな瞳がななを見下ろしていた。
(びっくりして、どうしていいか分からなかった)
(なにかの冗談か、夢じゃないかと思って)
(嬉しかった。でもすぐ逃げられて、その、答えを出さなかった一瞬で嫌われたんだと思ったんだ)
 彼が言いたいいろんな言葉を、その瞳は全部語っていた。どうして気付かなかったんだろう、とななは思う。水戸部はこんなに雄弁だったのに、自分はなぜ気付かなかったんだろう。
 ぽかんと目の前、初めてこんなに近付いた顔を見詰めていた瞳から、三度涙が溢れてきて水戸部は焦るが、ななの唇が小さく動いたのに気が付いて言葉を、待った。
「……もっと早く言えよバカ」
 残念ながら期待していたどんな言葉より辛辣で可愛いげのないものだったけれど、ななの言わんとする一番可愛らしい感情は、水戸部にきちんと伝わった。だからもう一度(ごめん)と目を伏せ、その瞼に唇を、落とした。
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