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水戸部短編詰め合わせ

第6章 卒業


 ななを振り向きもせずぐいぐいと力強く引っ張って、乱雑にスニーカーを脱ぎ散らかしたまま、内履きも鞄の中にしまい込んだから靴下のままで滑るように階段を上って。ようやく立ち止まったのは。
「……ここ……」
 人気のない、特別教室棟の、突き当り。そこは。
(やだな、なんか……思い出して恥ずかしくなる)
 夏休みに、ななが水戸部に告白したまさに、その場所。恥ずかしくなって、そして同時に悲しくなって、水戸部の真意を測れずに上ずった声をかける。
「こんなとこまで連れてきて、どしたの。ほんと、なあに? ……なんか、変だよ」
 笑顔を作って、でも、相手の顔は見られない。まだ日は高いのに、いつもなら遠くに聞こえる賑やかな声も、今日は全く聞こえない。目の前の相手は、もちろん、静かに立ち尽くしたまま。学校という場所に似合わない気まずい空気だけが足元に沈んでいる。
「……」
「……」
 これで、最後かもしれないのだ。最後になにか、と。相手も思ってくれたのだろうか。あの、夏の勇気の、叶わなかったけれどご褒美なのかもしれない。そう考えると、少しだけ気持ちが楽になった。
 だから。
「……ありがと」
 小さな声で、そう言うと、水戸部がはっと息をのむ音が聞こえた気がした。
「あたし、三年間、水戸部がいたから、普通に過ごすよりずっと楽しかったと思う。本当に。水戸部がいっぱい話聞いてくれて、優しくしてくれて。あたし何にもお返しできなかったし、最後に困らせちゃったけど、でも、本当、水戸部のおかげだった。すごく楽しかった。ありがとう」
 うまく言えないな、と顔を歪めると同時に涙がほろりと零れ落ちた。
「あ、あれ……」
 泣くつもりは全くなく、ただぽたぽたと涙が次々にこぼれていく。
「やだ、やだな、違うの。本当に、お礼、を」
 言いたくて。
 その言葉は、ななの手に触れた熱に溶けていった。
「……っ、手……」
 ななの手を、水戸部の大きな手が包んでいる。恥ずかしくなって見上げると、彼もまた、赤い顔で、ななを見下ろしていた。
(なんで)
 なんで、そんな顔をしてるの。
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