第6章 卒業
あれからメールもしていない。夏休みが明けてすぐに告白をなかったことにするように、できるだけ普通に接した。いつも一緒にいる小金井も、特に接し方を変えてきたりはしなかったから、多分、彼にも言わないでいてくれたのだろう。
ただ少しだけ、距離は、空いた。
「じゃあー、とりあえず、一旦帰る?」
「帰るー。荷物だけ置いてくるー」
すっかりと何もかもさっぱりとしたような、この三年分の思い出すらも全部放り出した気分で彼女たちは次へ歩き出そうとして見えた。ななはそんな友人達の一方後ろをついて行きながら、なんだか一人だけ持っているものが重くて、前に進めないような感覚になる。
「ねえなあな……あ」
「え」
前を行く友人が振り返って声をかけようと、して。何かに気が付く。
(何?)
ななが振り返るより先に、肩に。
(手、が)
大きな、暖かな手。ななはこの手の持ち主を、知っている。
(昨日の、小銭)
受け取ってしばらくは手の中に握りしめたまま、お守りにしようかとすら考えた。その、熱の、持ち主が。振り返らされ、見上げると、そこにいたのはやはり水戸部だった。
「あ、あー……じゃ、じゃあ、なあな、あたし達、先、帰るから、また、後でね!」
「またメールするね!」
「じゃ、じゃあね!」
何を察したのか、友人達はきゃーと黄色い声で叫びながらななから走って遠ざかって行った。その様子を見て、(違うのに……)とななは心の中で呟く。
(もう、振られてるから、……違うのに)
ふ、と一つ息を吐いて、改めて水戸部に向かい合う。
「どしたの。小金井は? ひとり?」
引き留めたということは彼の方から用があるはずで、しかし小金井がいないと正確な会話が成り立たないのに。
しかも。
(なんか、怖い顔)
いつもの穏やかで控えめな表情ではなく、なんだか難しい顔をしている。
「どしたの」
もう一度、聞くと。
「え、ちょっ」
ぐい、と腕を引っ張られ、校舎の方へ戻っていく。
「ちょ、ちょっと待っ、どこ、何、ちょっと……!」
こんな乱暴な水戸部をななは見たことがない。
(初めて、見る)