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水戸部短編詰め合わせ

第5章 見つめる、先


「旗……降……は、ふ……旗降くん!」
「降旗」
「昨日はごめんね!」
 翌朝、やはり机や椅子を薙ぎ倒す勢いでぶつかりながら降旗の元へやって来た天海は、これまたやはり降旗の名前を覚えてすらいなかった。
「迷惑にはならないようにとは、思ってたんだけど、そうだよね、気が散っちゃうよね、旗降くんも」
「降旗」
「あの後怒られた、よね……?」
 黒子にさっさと責任もって始末をつけろと言われた(と降旗は感じている)後、こそこそと「やっぱごめん、先輩達気になるみたいだから見学なしで」と扉を閉めたが、天海の言う通り、直後監督の相田や部長の日向に散々怒られ絞められた。しかもそれを一番の被害者とも言える水戸部が優しくも宥めてくれたことでますます怒られた。
 暫く部活行きたくないな、なんて少しだけ考えてしまったが、もちろんそんなことはしないし、目の前のクラスメイトにもそんなこと勘づかれたくないから。
「……別に。ただもう止めてくれって」
ギリギリの、プライド。なんて言うと格好いいけれど、まあつまりはやせ我慢。
「そう、だよね……本当にごめんね、旗降くん」
「降旗。てか何で水戸部先輩?」
 何の気なしに尋ねると、天海は一瞬で真っ赤になり、半歩後退りをしたが
(あ、逃げる?)
少し静止した後、やはり昨日の申し訳なさがあるのだろう、意を決したように口を開いた。
「うちの、お兄ちゃんがさ。別の高校でバスケ部で。去年、試合したの。誠凛《うち》と」
 たまたま、その日が予定のない休日で。たまたま、兄が忘れ物をしていて。たまたま、両親がどちらも手を離せなかったから。
「見てて、バスケとかルールもよくわかんないんだけど、みんなすごくって。もちろんお兄ちゃん達もすごかったんだけど、でも、ね」
 熱気がぐるぐるとあちこちで渦巻くコートの中。その人の周りだけ、とても静かに見えた。悪い意味ではなく。本当に比喩でなく彼は静かだったのだけれど、そういうことでも、なく。
「ずうっと、見ていたいなって、思ったの……」
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