第8章 強かもの〜葉月椎視点〜
「椎…。でも、それじゃ風邪治らないよ?」
絵夢のぬくもりを感じていられるなら、風邪の症状など大したことはない。
彼女の頭に顔を寄せると、いい香りがする。おそらく、お気に入りのコロンの香りだろう。
『絵夢…こっち、向いて。』
なんとか身体を横にずらし、彼女と向かい合うように寝転ぶ。
少し照れたような顔を両手で包み、視線を合わせる。彼女の顔をこんなにしっかり見たのはいつぶりだろうか。
「ふふっ…。椎、顔真っ赤だよ?りんごみたい。」
そう言って、熱をもった俺の両頬に触れる。ひんやりとした彼女の手から安らぎを感じる。
彼女の手は、こんなに小さかっただろうか。いつもいろんなものを抱えている手だ、もっと大きくてしっかりしていると思っていた。
「んー…やっぱりほっぺ、熱いね。早く冷やした方がいいと思うんだけど。」
頬から手を離そうとする。しかし、俺の手がそれを阻む。彼女の手を挟んで、自分の頬に手を当てている状態だ。
その手はやはり小さくて、柔らかい。強く握ったら折れてしまいそうな手。
『絵夢の手…気持ちいい…』
「で、でも、まだ冷蔵庫に冷却シートあるよ?」
だんだんと彼女の手も、熱を帯びてくる。目のやり場に困っているのか、大きな瞳を忙しそうに動かす。
どうしてこうも愛らしいことをするのだろう。思わず頬が緩んでしまう。
「あっ…今笑ったでしょ!やっぱり私のことからかってるんだ!!」
口を尖らせた彼女が、不意をついてベッドから起き上がる。
連れ戻そうと試みるも、やはり身体は思うように動かない。
「ちょっといい子で待ってて!」
年上ぶった彼女が、勢いよく部屋から出て行く。そして扉の向こうでせわしなく動き回る音がする。
(なんか…小動物みたい…)
______バンッ
突然開いた扉の向こうには、両手にいろいろな物を抱えた彼女が立っていた。
「今、お休みの連絡入れてきた!だから、はいコレ。熱計って?」
『え…お仕事は、ちゃんと行って…俺は寝てれば治る…から。』
「そんなことはできませんっ。ほら、早くして。」