第16章 正直もの
『椎っ、苦しい!ちょっと離して…』
「やだ。絶対離さない。」
いつも以上に強情な彼には私の願いは聞き入れてもらえないようだ。背の高い彼に力の限り抱きしめられている私の背骨はもう折れる寸前だ。
『ねえ、ほんとに背骨が…つらい、から。』
「ムリ、俺ずっとさびしかったんだもん。不安だったもん。」
彼の言葉に少しばかり疑問が浮かぶ。さびしいと言う割に、彼は電話もメールもほとんどしてこなかった。
『全然連絡くれなかったくせに。』
「だって…絵夢、旅行楽しみにしてたから…邪魔しちゃいけないと思って。」
私の意地の悪い質問にも、素直に答えてしまう彼。こうしていともたやすく私の心をさらっていくのだから、もう手の打ちようがない。
「わがまま言ったら、絵夢…心配するでしょ?だから俺、頑張ったんだけど…途中さびしくて死んじゃうかと思った。」
いつの間にか、力任せの抱擁は割れ物を扱うような優しい手つきに変わっていた。自分の情けない顔を見られないように彼の胸に顔をうずめる。
『もう…嫌われたかと思った。』
嫌われたまではいかなくとも、もう私への「好き」は消えてしまったのではないかくらいは考えた。
そして、私から体を離し、わざと隠した顔を覗き込む彼。
「俺が絵夢を嫌うわけ…ないじゃん。」
彼の"いつも通り"の微笑みに一気に涙腺が緩む。最近異様に涙腺が緩くなったのは他でもない彼のせいだ。
「とりあえず、お家帰ろう。荷物…持つからさ。」
彼は私が両手にぶら下げてきた荷物を、片手で軽々と持ち上げた。そして、もう片方の手で私の手をしっかりと握りしめ家へと向かった。
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『ただいまー。』
「おかえり。」
二日ぶりの我が家は、どこも変わっていないはずなのに知らない場所のような印象を受ける。
しかし、彼に手を引かれるままリビングまでくると、緊張の糸が切れたかのように足の力が抜ける。
『あぁ〜家だ…私の家。落ち着く…。』
そう言って、ソファに仰向けでダイブする。程よく耐久性の落ちたスプリングがいい具合に私の体を受け止める。
「絵夢…」
『んー?』
椎の声に、たった今落ち着いたばかりの体を起こす。
「こっち向いて。」