第8章 強かもの〜葉月椎視点〜
先ほどまで彼女の身動きを封じていたくせにこんなことを言うのもおかしな話だが、自分のせいで彼女の仕事に支障をきたすのはどうも腑に落ちない。
しかし、妙なところで気が強い彼女は、残念ながら人の意見を聞く気はないらしい。いつになく強い押しに負けて、体温計を受け取る。
______ピピッ
38.6℃…高熱だ。普段はほとんど病気にかかることがなく、病院などという存在はここ数年世話になっていない。
「うわー、朝でこれじゃあ夜はもっとつらいだろうな…。」
彼女は眉をひそめて恨めしそうに体温計を見つめる。そして、手早くそれをしまうと今度は冷却シートを俺に向ける。
「はい、換えてあげるから、ちょっとこっち向いて。」
体勢を変えると、自然と彼女を下から見上げる形になる。結った髪の首元に見られる後れ毛、少し着崩れたシャツ、見下ろす大きなふたつの瞳。
熱に浮かされているせいか、どうも扇情的に見えてしまう。
『ふぅー……。』
目をつむり、大きく息を吐いて突然わいた感情をしまいこむ。
そっと髪をよけられ、額に冷たいものが当てられる。その心地よい冷たさに気持ちが落ち着いていく。
「はい、もういいよ。何か食べた方がいいと思うんだけど、食べれそう?」
『ごめん、ちょっと…寝る。』
この状態のまま彼女と同じ空間にいたら、どうにかなってしまう気がする。
また、昨晩の疲れのせいか、いい感じに睡魔がやってくる。ゆっくりと、彼女のいる視界を閉じる。
「そっか、おやすみ。」
髪をひと撫でして、彼女は部屋から出て行く。昨日の不安からは一転し、えも言えぬ安心感に包まれ、そっと意識を手放した。