第5章 Nigella
雪田さんは何も言わない。
俺も何も言わなかった。
と、雪田さんは突然ガバッと起き上がった。
「あ、あのさ、昨日、渡そうと思ってたんだけど、まだ大丈夫だと思うからあとでクッキーあげるね?」
長太郎もつられて起き上がった。
「クッキー?」
「うん。差し入れで渡そうと思ってたんだけど渡せなくて…」
「ありがとう。楽しみ。」
昨日渡せなかった、その理由はきっと氷帝が負けたからだ。
雪田さんが応援してくれてたのに負けた。
何かもっと、できたことはないのか、後悔ばかりだ。
今さらもう何もできない。
「鳳くん?」
雪田さんが心配そうに俺の顔を覗きこんだ。
「え?」
雪田は長太郎の頬に優しく手をあてて、頬を流れる涙を拭った。
俺はいつのまにか泣いていた。
「泣かないで。」
「…ごめん。」
慌てて自分で涙を拭おうとしたら、雪田さんは俺の背中に手を回し、抱きしめてくれた。
長太郎は驚いて目を見開いた。
いま、何が起きてるか理解するのに時間がかかった。
雪田さんの温もりが伝わってくる。
「私、鳳くんが頑張ってたの知ってるよ。だから、自分を責めないで。」
好きな人に慰めてもらうなんて、やっぱり俺は情けないな。
きっと雪田さんは俺の弱さも知ってるんだ。
「ありがとう。」
かすれた声で言って、長太郎もさくらの背中に手をまわした。
心が休まるのを感じた。
もう、言ってしまいたい。
友達でいられなくなるかもしれない。
それでも、好きだって伝えたい。