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闇の底から

第8章 光と闇


誰にも触れられたことのないあちこちを無遠慮に弄る手の感触、生暖かい吐息、ぞわぞわと背中を駆け巡る謎の感覚…
「さあ、こっちにおいで、かわい子ちゃん。いい顔してるしスタイルもいいから売れるよ…」
興奮しているのか何なのか最早どうでもよくなってきた。一つわかるのは自分だけが生かされたこと、そして死んだ家族の前で全てを奪われそうになっていることだけだった。

もういっそわたしもころしてよ

誰にともなく吐き出した呟きは偶然にも拾われた。

「それはいただけないな」
鈍い音とともにスッと身体が軽くなり、冷気が訪れた。起き上がると犯人は縛られて簀巻き状態にされ、何者かによって足蹴にされてた。

「もう大丈夫だ」
そう言って私に自分の上着を着せ、椅子に座らせてくれる。


「ええから道開けやチャラメガネ!」
そうやないと…
ニヤリと口角の上がった凜はかつての命の恩人から教わった必殺技を繰り出そうとしていた。
マウントもリーチもない彼女にもできる自己防衛。


しかし転機は突然に訪れる。


『そんなことしなくてもいいじゃないか』
『全てに忠実である必要はないよ。何かを成し遂げるということは何かをやらないのと同じことなのだから。』
『私はずっとあなたの闇を背負ってきた』
『今の光は淡すぎる。日食みたいだ。』
『輝きが回復するその日まで大人しく私に任せときなよ』



「相楽の得宗に逆らう気か?」
ふと伏せていた顔を上げた彼女を見て二人とも言葉を失った。顔の作りは一緒だが醸し出す雰囲気は完全に別人のものである。
「全ての生物にとって敗北とはすなわち死だ。医療の発達のおかげでその図式は成り立たなくなっているが…。誰に頼まれて止めているかは計りかねるが、そこまできたら犯罪だ。今私を止めればすなわちそれは私の死を意味し、それに伴い将来的に確実に小児科医は一人減る。」
5回生だろ?昨今の医療を憂える仔羊の一人であろう?私が一人減ろうと世界は変わらないが駒が一つ減る。
艶然と微笑み、穏やかならざる言葉を紡ぎ出す凜に痺れを切らしたのは渉ではなく輝だった。

「いい加減にしろよ!もっと自分を大事にしろよ!」
頼むから無茶しないでくれよ…
輝は自分より遥かに先を行くかつての教え子の天真爛漫な笑みを脳裏に浮かべながら目の前の権謀術数に長けた食えない笑みに対峙した。
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