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闇の底から

第2章 失われた記憶


背中を一定のリズムでたたく温かい感触に眠気を誘われる。ゆっくりとした鼓動と背中のリズムが同じことに気付いてすとん、と何かが腑に落ちた。


「玲」
振り向いた彼女は少しだけ困った顔をしている。
そんな彼女の不安を拭うように頬をなぞる。普段は男前な態度を貫く理由が何となく分かるだけにこうやって束の間解禁になる無垢な表情は輝の中の何かを呼び覚ます。
ただ触れていたい。許される限り。
凜が寝ているのを確認して玲をしっかり、でも壊れない程度に強く強く掻き抱いて頭に唇を落とす。
ピクリと跳ねる肩に手を置いてから頤に手をかける。
引き合うように二人は重なった。


先生が私をベッドに降ろしてくれた途端目が覚めたが、起きたらまた二人に気を遣わせると思って目は閉じていた。一部始終を目の当たりにした私は、改めて叶わないことを思い知らされた。先生と玲さんはお互いがお互いでしか知らないような顔つきで向き合っていた。流れる空気はこそばゆく、雰囲気は甘い。熱を孕んだ視線を交わす二人の姿に心拍数が跳ね上がる。
目を逸らしたいのに逸らせない。3年前に一目で恋をしたあの大好きで仕方ない瞳に私が映ることは今後一生ない。わかっていて甘えていた。二人の好意に。同情と二人の優しさに。元からの知り合いだったこと、倒れた私を助けたこと。その二つでこの二人は見なくていいものを見て、知らなくてもいいことを知って、時間を浪費した。心も疲弊しているはずだ。
これ以上この二人を私の事情に巻き込んではいけない。
相楽家分家の長子として本家への養子縁組が決まった私はもうここに戻らない。本家のある京都に引っ越す。
18年育ったこの家を捨てて仁術の道へ。
喪うものを失ったこの命は惜しくない。
本家には跡取りもいる。なんの心配もない。
私は捨て駒として自分をボロボロになっても壊れるまで…否、壊れてもなお動かせる。

寝室の隠し扉から出た私は自分の部屋に戻り、二人への手紙をしたためて必要最低限の物だけを持って家を後にした。

これから6年間過ごす大学の入学手続きをするために私は家を出た。
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