第1章 平穏
そんな経緯で孤児院にやって来た彼女は、アローンやテンマが思っていた遥か上をいく「良い人」であった。
テンマに至っては、それこそ最初の頃等は自分達の分の食料も奪っていくのではないかと疑ってかかりもしていたものだが、今や一番彼女に信頼を寄せているということは、言わずとも分かることだ。
それは他の皆も同じ。
アローンは知っている。
彼女が午後町へ出掛けて、遅くに帰ってくることを。そして、それがお金を稼ぐためであることも。
挙げ句のはてには、そのお金で自分達の食事をこっそり増やしていることも知っている。
サーシャを失い寂しさに苛まれていた時は、自分達をさりげない優しさで支え、時に自身の旅の経験を語って寂しさを紛らわしてくれた。
そして今は自分が働いたお金で、自分達を少なからずも支えてくれている。
つまり、何が言いたいのかと言えば、彼女がアローンにとってどこまでも手の届かない存在であるということだ。
そんな彼女が今、まるで幼子のようにはしゃぐ姿をみて、アローンは何だか不思議な気持ちに陥っていた。まるで新しい何かを発見したような。
それとも、今までずっとそこにあっても気づかなかったものに改めて気づいた時のような。
アローンが今まで見てきた彼女の笑顔はどこまでも優しくて、慈愛に満ちていた。そう。それこそアローンが教会で描く天使の表情そのものである。
今の彼女が浮かべるのはもっと違う。そう。無邪気と言おうか、天真爛漫であるとも言えようか、そんな笑顔だった。
ああ。とアローンは納得した。今、自分は彼女に人間を見たのだ。
自分が彼女を神聖視する傾向にあったことはアローン自身が最もよく知っていた。
そのせいか、テンマ達のように後一歩踏み込むことが出来ていないということを。
彼女に対して丁寧な口調になってしまうのも、それをどうあっても変えられないのも……
でも、そろそろいいのかもしれない。
そうアローンは思った。
だって、彼女は神聖なものなどではなく、どこまでも良い人であったのだから
「? どうしたの、アローン?そんなに嬉しそうにして」
「……ううん、なんでもないよ?
……ハルモニア」