第2章 胎動
今日、ハルモニアはアローンが教会で描いているという女神の絵を見るために、アローンと共に町の教会へ来ていた。
「……」
魅入られたように絵を見上げるハルモニアにどことなく嬉しさを感じたアローンは、あえて声を掛けるようなことはせずに、絵を描くべく筆をはしらせた。
誰も一言も発しない空間に、ただ筆をはしらせる音だけが響いている。
絵に見入っていたハルモニアはといえば、今は真剣に絵を描くアローンの後ろ姿を見詰めていた。
教会という場所で天使の絵を描くアローンは、どこか遠い存在のように思われた。
まるで、一枚の神聖な絵画のようだ。
そんなことを思いながらどこか惚けた心地で目の前の光景を見ていたとき、ふとパメラの店に行かねばならないことを思い出した。
先日アローンに自身の絵を描いてもらったハルモニアは、どうしても彼が描く天使の絵を見たくなってしまったが故に、ちょっとだけ覗く程度の気持ちで此処へ来ていたのだ。
従って、このように絵を鑑賞する時間などは存在してなどいない。
サァッと血の気の引いたハルモニアは、どのくらいの時間を此処で過ごしてしまったのか内心冷や冷やしながら、今だ真剣に絵を描くアローンに戸惑いがちに口を開いた。
「ア、アローン?」
「? どうかした?」
「手を止めてしまってごめんなさい、そろそろ出掛けなくちゃいけなくて……」
「うん。大丈夫だよ。急ぎすぎて転ばないようにね?」
クスクスと面白そうに笑うアローンに思いがけず注意を受けてしまったナルミは少し顔を赤らめる。
「そ、そんなことをしないってば……アローンもあんまり夢中になりすぎないようにね。今日は遅くなるから……」
「うん。夕飯待たなくていいって言うんでしょう?分かってるよ。」
言いたいことなどお見通しだと言わんばかりのアローンの言葉に自分はそんなに分かりやすいのだろうかと内心思いつつも、ハルモニアはこれ以上時間を潰せないと、いってくるとだけ残して教会から走り去った。
「……もう。あれじゃ本当に転びそうじゃないか……」
彼女が走り去った扉を見つつそう呟いたアローンは再び絵の制作に取りかかった。