第1章 平穏
「あ、いや、疲れたとかそういうのじゃなくて……っ!アローンが凄い真剣な表情をしてたから本当に絵が好きなんだなって思っていたの……」
そんなにアローンを凝視していたとは……と若干恥ずかしそうにだんだんと尻すぼみになっていく言葉を紡ぐハルモニアに、今度はアローンがポカンとなる番だった。が、それもすぐに笑い声に変わる。
「あ、ははは。なんだ。あんまりにも難しい顔で凝視されるから、何か起こらせてしまったのかと思いました。それなら続き、描きますね。」
そう言って口許を軽く弛めたまま再びスケッチに目をやったアローンを見て、ハルモニアもあわててポーズをとる。
ポーズといっても、ただ椅子に座って首を軽く傾げるといった程度の他愛ないものであるが。
しかし、こうも同じ姿勢でいることは疲れるものだったかとハルモニアは思う。そろそろ首がつりそうだとハルモニアが本気で考えたとき、ついにアローンが筆を置いた。
「できたの!?」
ああ、ついに解放されるのか。という喜びと、早くアローンの描いてくれた絵を見たいという期待とで思わず勢いよく声が出てしまった。
「できましたよ。はい」
「!!」
差し出された絵のあまりの完成度に思わず言葉を失う。
以前テンマの絵を見せてもらったときも凄いと思ったがこれはそれ以上だ。
「……すご、凄い!アローン!」
凄い凄いと、今までの沈黙が嘘のようにはしゃぐハルモニアを見ながらアローンは形容しがたい感覚を感じていた。
ハルモニアはアローン達にとって、また違った特別な存在である。
サーシャが引き取られて寂しさを常に感じる日々の中でやって来たのがハルモニアだった。
なんでも、彼女は様々な土地を渡り歩いているのだとか。
以前、ふと疑問に感じて何故そんな事をしているのかと聞いたことがあるが、彼女自身にも明確な理由はないようだった。
なにはともあれ、そんな彼女が宿賃を持ち合わせない状態で藁にもすがる思いで叩いたのが、他ならぬアローン達の暮らすこの孤児院だったのだ。
常に大人がいる状態ではなかったこの孤児院にとって、ハルモニアはある種丁度良い人材だった。
次の旅に出るためのお金が貯まるまで、この孤児院で寝泊まりする代わりに、子供たちの面倒を見るというのが彼女に出された条件だったらしい。