第1章 平穏
「こんにちわ」
カランカランという音を響かせながら店内に入れば、調理場の奥から入っておいでと声がかかった。
調理場に入ると一人の女性が料理の下ごしらえをしていた。
「すみません、パメラさん。遅くなりましたか?」
「いいや?むしろ丁度いいさ。今さっき始めたところだったからね。来てすぐのところ悪いんだけど、そこの魚さばいておいてもらえるかい?」
「はい。わかりました」
そうパメラに返し調理には邪魔になる長めの髪を上でまとめたハルモニアはふといつも首に巻くスカーフを忘れてきてしまったことに気がついた。
初めてここで働いたときにパメラからもらったものだ。
ある理由から髪を上げる時は巻くようにとパメラから厳しめに言われたため着けていただけの物であるが、今では無ければ首がスースーして落ち着かないと感じらくらいお馴染みの物になっていた。
まぁ今日一日位ならば大丈夫だろうとそのまま魚をさばいていった彼女であったが、全ての魚をさばき終えて一息ついたとき、ふとパメラから視線を感じてそちらを見ると、パメラがじっとハルモニア、詳しくはその首もと、を見詰めていた。
「本当にアザなんだねぇ……ソレ。」
ナルミが首を傾げると同時に、小さな呟きがおとされる。
少し眉をいさめたまま近寄ってきた彼女は、そのまま首もとに存在する2つのアザを撫でた。
「パ、パメラさん、くすぐったいです……」
「年頃な娘がこんなところにアザつくって……紛らわしいったら。しかも2つも……」
「そ、そんな……パメラさんが悲しむようなことじゃありませんよ。私困ったことなんて無いんですから……」
そう言って手を離したパメラが自分のことのように悲しそうな顔をするものだから、ハルモニアの方が罪悪感を感じてしまう。
しばらくじっと見ていたパメラであったが、次の瞬間には破顔した。
「……そうだね。あんたなら、そんなアザなんかに惑わされない良い男と良い家庭が築けるだろうさ!娘にかぶってちょっと感傷的になっちまっただけさね。」
パシリとハルモニアの背を叩いて笑う女性に、彼女もまた母親という存在を重ねていた。
思い出そうとも記憶の片鱗にすら存在しないが、もしここにいたのならば、きっとこうしてくれているのだろうかと少し温かくなった胸中に、自然と笑顔が溢れた。