第3章 覚醒
「!!そうだ……行かないとっ……!」
突然何かに思い至ったように走り出そうとした彼女の腕を童虎はとっさに掴んだ。
「っ、なんで……」
「……村へ向かおうとしているのであれば、儂はそれを止めねばならん」
ハルモニアは聡明な女性だ。
恐らくは察しているのだろう。
今村では何が起こっているのか。
何故自分が彼女を引き留めているのかも。
「………お願いです…、行かせて下さい……」
ハルモニアはしばらく童虎と目をあわせていたが、ふと地面へ視線をおとし、絞り出すような声で懇願した。
「おヌシもわかっておるのじゃろう!?今何が起こっているのかを!」
腕を引かれたことによって、再び童虎と向き合う形になったハルモニアはそれでも童虎と目をあわせようとはしない。
童虎は腕から手を離すと、彼女の両肩に手を乗せて視線が同じ高さになる程度に屈みこんだ。
「…………」
「頼む、分かってくれ……っ」
辛そうに吐き出された言葉にハルモニアが顔を上げると、そこには存外近い位置に童虎の顔があった。
思わず目を見開いてのけ反ろうとするが、肩を掴まれていて上手くできなかった。
一つだけ息をついて再び目の前の彼の顔を見ると、視線が合う。
辛そうな光を湛えるその目に、発しようとした言葉を失ったハルモニアは小さく息をのんだ。
ハルモニア自身も分かっているのだ。
村に何かが起こっている事くらい。
それがただ事ではないということも。
彼がここまで行かせまいとするのは、つまりはそういう事なのだ。
……それでも。
それでも、ハルモニアはこのまま背を向けることなどできなかった。
脳裏に浮かぶのは孤児院の皆。パメラさんにトニーノさん……
--早く帰って来てね……
無理だ……。このまま、私だけが逃げるわけにはいかない。
再び童虎から地面へと視線を落としたハルモニアは小さく謝罪を口にすると、童虎の手を振り払って村の方へ駆け出そうとした。
しかしそれは叶わずに、首筋に感じた衝撃に視界が暗くなっていく。
「すまん…っ」
遠くから聞こえた声に振り向けば、そこにはやはり彼がいた。
ああ、だから、どうしてあなたが、そんな辛そうな顔をするのですか……?
そんな疑問は声になることはなく、ハルモニアの意識と共に消えていった。