第3章 覚醒
「ご覧なさい、あの絵を」
その声に導かれて再び見やった絵は、以前とは大分姿を変えていた。
禍々しかった背景は光輝き、その中心で微笑むのは漆黒の鎧を纏ったアローン。そして、その周りには幸せそうに微笑むアンナ達の姿があった。
「死によってのみ、人は生という苦しみから永遠に解放されるのです」
その絵は、まさに神父の言葉を体現する。
アローンは思う。
もう彼らが貧困に、餓えに苦しみ、そして明日に怯える必要も無くなったのだ………と。
すなわち、彼らは救われた。
………………死によって
(そうだ、死は救い……ならば、僕は………)
心の内から溢れる思いに流されるままに、絵の中で微笑みながら差し出される手をとった。
「……ハーデス様」
しばらくして、背後から響く声に呼ばれて彼が振り向けば、漆黒の女性が膝まづいている。
僕 は彼女を知っている……
「パンドラ」
「は。お待ちしておりました………ハーデス様」
確かに記憶として存在するその名前を口にすれば、彼女はいっそう深く頭を垂れた。
そんな彼女に少しだけ視線をやった後辺りを見渡して見ても、どこにもあの神父の姿は無かった。
そうだ、彼は
「……ヒュプノス」
「っ、……ヒ、ヒュプノス様は先程ご退出なされました……。ハーデス様ご復活の為に最もご尽力頂きましたので……お疲れなのかと……」
「……そう…」
小さく口の中で唱えた言葉はしかし、目の前で膝まづく彼女には聞こえていたらしい。
ビクリと小さく反応した後に、恐る恐るといった様子で言葉を口にする。
それに対して簡潔に返せば、彼女は安心したように肩の力を抜いた。
それ以上彼女に何かを言うことなく、アローンが黙って足を出せば、静まり返った聖堂の中でその足音がいやに大きく響いた。
「!ハーデス様、どちらへ……?」
「森……」
「森……?」
アローンが何処かへと向かおうとするのに気づいたパンドラが疑問の声をあげると、彼はしばらく歩いた先でおもむろに立ち止まり、パンドラを振り返った。
顔の辺りまであげられた手は、何かを掴むような形をしている。
「絵の、道具を取りに行ってくるよ……置いてきてしまったからね」
そういって今度こそ立ち止まらずに聖堂を出ていってしまったアローンの後には、今だ膝まづくパンドラだけが残された。