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それでも世界は美しい

第3章 覚醒


アローンは今、森のなかにいた。


彼の手元のキャンバスの中には、森に佇む一頭の牡鹿がいる。まるで生きているかのような生命感を有する絵の向こう側では、まさに死の世界が広がっていた。まるで、その生命を絵画に抜き取られてしまったかの如く………。

その異様な光景のなかであっても筆を動かし続けるアローンの目元には影が落ちていて、その表情は分からない。しかし、最後の一筆をいれた直後、まるで崩れ落ちるように地面にへたりこんでしまった彼は筆を握りしめた。

へたりこむアローンの周囲には、今日彼が森で描いた沢山の絵が散らばっている。アローンが描き、そしてその生を終わらせられた生き物達の絵が。

(世界が………灰色に見える……っ!……)

己の内で荒れ狂う罪の意識に苛まれ、絶望の淵に立たされたアローンの心は、もはや色を認識できないほどに憔悴しきっていた。

そんなアローンの目の前に、一人の女性が姿を現した。白と黒のみから構成されるアローンの世界の中で、ひときわ鮮やかに映える漆黒の姿に目を見開く。

二年前の出来事がアローンの脳裏を過った瞬間、漆黒の女性はアローンの手を引いて立ち上がらせると、森の奥にむかって走り出した。

「何処へ……!?」

「森の大聖堂ですわ」

なかば転びそうになりながらもついて行くアローンの疑問の声に、足を止めることなく振り向いて簡潔に答えた。

空は分厚い雲におおわれていて、月の光すらもとどかず、度々落ちる雷によって木々が長い影を落としていた。
不気味な森を手を引かれるままに走って行くと、目の前に森の大聖堂が現れた。

(扉が………!開いている……)

アローンの目がとらえたのは、その扉。
いつもは固く閉ざされている扉が開いていた。




「……お待ちしておりました、アローン様。さぁ、どうぞ中へ。聖人の絵を見せて差し上げましょう……」
扉の前でひざまずくかつての神父がそう口にして、アローンを大聖堂の中へと導くように手を差しのべた。

後一歩で聖堂のなかに入るといったところまで来たとき、付近に落ちた閃光によって写し出された影に、アローンは瞠目した。凡そ人ではないその影の主を確認しようと振り返っても、そこにはただ神父が佇んでいるのみだ。その異様な雰囲気に困惑し尻込みするアローンに向かって、神父は緩く首をかしげて見せた。



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