第3章 覚醒
「それじゃあ……いってきます」
まだうっすらと暗い早朝、まだ眠そうに目を擦りながらも出迎えに出たアローン達にそう告げて、ハルモニアが孤児院をあとにしてから3日目となる今日、アローンは皆をつれて丘の上まで出掛けてきていた。
アローンが丘を流れる川から少し離れた場所にはえる木の下で座りながら、風景画の題材になりそうなものを探していると、川からアンナ達のはしゃぐ声が聞こえてきた。
そちらを見ると、川のなかで三人がかけあって笑う姿があった。平和そのもののような光景に思わず顔を綻ばせた彼は、次の瞬間胸をよぎる小さな虚無感に 少しだけ眉をひそめる。
ハルモニアがいなくなってからというもの、このようなことがよくある。特に、今のようにアンナ達が楽しそうにはしゃぎ、遊ぶ光景を目にした時に。そんな光景はアローンにちょっとした幸福感をもたらすが、アローンの中では足りないものが浮き彫りになっていくような心地がするのだった。
まだ何も描かれていない真っ白なキャンバスを見下ろすアローンは、その「足りないもの」に思いを馳せる。
今頃はもう町についているのだろうか、それともまだ道を歩いているのか。怪我はしていないかどうか。など、思い浮かぶことは実に様々であるが、何よりも彼の不安を煽るのは、最近よく耳にするようになった物騒な噂である。この近辺で惨殺死体が見つかったなどなど。町の人々は山賊の仕業ではないかといっていたが、ならば尚更心配だ。
(無事だろうか………)
ぼんやりとそんなことを思いながら無意識に吐かれたため息で、彼の意識は現実世界に戻ってきた。
と同時に、手元のキャンバスをみて瞠目した。
なぜなら、キャンバスの上ではアンナ、マリア、カロが、楽しそうに水遊びをしている光景があったからだ。
思わずキャンバスを手放したアローンは、それが地面に落ちるのを気にもとめずに川の方へ目をやって………安堵した。
そこにはさっきまでと変わらない様子で遊ぶ三人がいたからだ。
キャンバスに描かれてもなお生きて動いている三人に安堵すると同時にどうしようもなく愛しさを感じたアローンは、地面に転がるキャンバスを再び拾い上げると、今度こそその絵を完成させるべく筆をとった。
……彼らへの愛情をこめて。