第3章 覚醒
時が流れるのは速いもので、テンマが孤児院を出ていってからもう二年になる。
アンナもマリアもカロも、今ではすっかり元の調子に戻っている。……アローンを除いて。
洗濯物を干す手を止めて、ふと孤児院の中、食堂の辺りへ視線を向けた。
最近、いや、正確にはテンマがいなくなって一年が経過した頃辺りから、ハルモニアの胸中にはどうあっても拭いきれない不安がまとわりついていた。それは、アローンのことだ。
彼は何だか、誰にも言えないような悩みを抱えているのではないかと思ってしまうことが度々ある。一番のそれを感じたのは、彼が苦しそうに絵を描くのを見た時だった。少なくとも、ハルモニアの記憶にある彼は絵を描くのが大好きであったはずなのに。
一体、何がそこまで彼を追い詰めているのだろうかと以前それとなく聞いてみたが、何でもない、大丈夫の一点張りで、それ以上触れてほしくない様子を見せるアローンに、詳しく聞くことなどできずに今に至ってしまっている。
最近は、それがますます顕著になっているように思われるし、それに比例してハルモニアの胸中の得体の知れない不安は膨らむ一方だ。
無意識に胸に手を当てたとき、中からアローンが出てきた。彼の肩には、愛用の絵の道具が入っているバッグがかかっていた。
「アローン。……絵を描きにいくの?」
「……うん。森まで行ってくるよ」
そう言って笑うアローンの笑顔に滲む陰をはっきりと感じたハルモニアは、自身の内の不安が膨れ上がるのを感じて息を呑んだ
「っ、アロー、ン………今日はやめておいたら…?凄く……辛そうな顔してる」
「……辛そう?僕が?」
時々覗かせる、およそアローンらしくない表情を浮かべて首をかしげる彼に若干の恐怖心を抱くものの、ハルモニアは意を決して一つ頷いた。
「、絵を描くのが辛いなら、無理して描くこともないんじゃないの……?」
「………うるさいな」
突然アローンから放たれた低い声に驚いて、ヒュッ、と息がなった。
聞こえた言葉とアローンがどうしても重ならずにただ目を見開いて彼を見れば、アローン自身も驚いているように目を見開いていた。
なぜ彼がそんな顔をするのかと眉を寄せれば、瞬間アローンはクシャリと顔を歪ませ、逃げるように走り去っていってしまった。