第3章 覚醒
テンマが行ってしまってからというもの、アローンは一層絵を描くようになっていった。きっと、彼なりの寂しさを紛らわす方法なのだろう。
あれから一年の時が経過して、アローンの絵は随分と上達していっているように思える。
(本当は、そろそろ此処を離れようと思っていたんだけどな……)
そう思うハルモニアは隣で絵の道具を手入れするアローンをチラリと見やりながら目を伏せた。
置いていかれる者の気持ちを知ってしまった上に、アローンが壊れてしまいそうで、今此処を離れるなんてことは出来ない。
そう思いながら手元に視線をおとして針仕事を進めていれば、不意に肩に重みがかかった。
「……アローン?」
「なに?」
「なにって……いきなりどうしたの?」
頭をハルモニアの肩に預けて瞼を閉じているアローンに問いかければ、んー、と眠そうな声で返される。
最近こんなことが増えた気がすると思いながら、それ以上何も言わずに放っておけば、案の定穏やかな寝息が聞こえてくる。
夜眠れていないのだろうか。そこまで考えて少し不安になる。アローンは優しいくせに自分から人にはなかなか頼らない人間だ。それ故、ほとんどを自分の中だけで抱え込んでしまう事を、ハルモニアは心配していた。
だからこそ、こういった行動をアローンが取るときはされるがままの状態になっている。といっても、結局は隣の穏やかな寝息に誘発されて、自身も眠りの世界へと落ちてしまうのであるが。
仕方がないなぁと呆れた苦笑をもらしながら裁縫道具を机にのせたハルモニアは忍び寄る眠気に抗うことなく目を閉じた。
ハルモニアが完全に夢の世界へと旅立った頃、アローンの目がゆっくりと開かれた。
「ねぇ、ハルモニア?」
眠る彼女にゆっくりと話しかける光景は、端から見るとだいぶ異様な光景にも思える。
アローンは返事がないことに構わず、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「僕は、自分がどうなってしまっているのかが不安でならないよ……僕の絵に描いたものがたまに死んでいくんだ……段々と、多くなっている様な気もする。ねぇ、怖いよ。」
そう言って寝息をたてる彼女にすがるように腕を回す。支えが無くなったことでベッドに倒れる体を衝撃から守るようにゆっくりと横たえさせたアローンは、そのままの体制でじっと彼女を見つめていた。