第2章 胎動
「本当にごめんなさいっ!!!」
店に着くなりハルモニアはパメラとトニーノに頭を下げた。
開店前に着いたとはいっても、一番大変な作業である下拵えを丸々すっぽかしてしまったことに対して罪悪感に苛まれていた。
彼らは気にしていない、事情があったのだろうから、と言ってくれるのであるが、そもそもの原因は自分がアローンの絵をみて惚けてしまったことにあるのだ。それを思えば、そう易々と頭を上げるわけにはいかなかった。
「………はぁ、」
頭上から降ってきたため息にびくりと肩を震わせ身構える彼女の頭に降ってきたのは、怒鳴り声でも冷たい言葉でもなく。
「え……?」
ペシリと頭にうけた軽い衝撃に、小さな疑問の声と共に頑なに上がらなかったハルモニアの頭が上がる。
目の前には呆れたように苦笑するパメラの顔があった。
「まったく………バカ真面目な子だね。ホラ、これでいいだろ?」
そう言ってニカリと笑うパメラに、ハルモニアはその意味を理解できずに首を傾げる。
「私がアンタを打ったんだから、これでチャラだよ。さ!下拵えが終わったと言っても、まだまだやることはたくさんあるんだ。さっさと支度してきな!」
そう言って笑いながら調理場へ入っていってしまった彼女を呆然とみていると、今まで黙っていたトニーノが口を開いた。
「あれでも心配していたんだぞ?お前に何かあったのかってね。私たちは、ハルモニアが真面目な子だって事はよく知ってる。だから今回の事は心配はすれど怒りはしない。」
「………」
「また謝ろうとしているのなら、それは違うぞ?こんなときは一言礼でも言えば、アイツも喜ぶだろう」
ハルモニアの目を見ながら優しく語ってくれるトニーノの言葉にしばらく黙っていたハルモニアであったが、次の瞬間パッと笑顔をこぼして大きく頷いた。
「………はい!ありがとうございます。トニーノさんも」
そう言って調理場へ走り去った彼女を見送る彼の目はどこまでも優しいものであった。