第2章 胎動
「……ところで、この絵。どうして中央の天使の目に、色が塗られていないんです?」
絵に視線をやりながら問われた質問に、やはり気になるのかと苦笑した。
「色が……見つからないんです」
「色……?」
「はい。赤い……夕日に透けるような赤がいいんです。でも、なかなか思うような色が見つからなくて」
そう言って誤魔化すように笑ったアローンに、目の前の神父は何も答えなかった。
不自然な沈黙に神父を見れば、彼は天使の絵をどこか恍惚とした眼差しで見詰めていた。
「あ、あの…?」
「、ああ、失礼。それにしても、色がね……。まぁ、人が作る色には限界がありますから…。貴方は知っていますか?真実の赤い色……」
「真実の、赤い……色?」
アローンの声に反応して向けられた眼差しには、もはやその面影も残ってはいなかった。
何でもなかったかのように続けられた言葉はまたしても意味深なもので、アローンは再び首を傾げた。
「ええ。森の大聖堂の聖人の絵も、その真実の色の赤を使って描かれたと言われています。人の作り出す色など、所詮は偽りの色……。そんなものを使って描かれた絵が、誰に感動を与えることができましょう?」
どことなく怪しげな空気を醸し出しながらも紡がれていく言葉にアローンはただ黙って聞いていることしか出来なかった。
そして最後に、神父はこう告げた。
もしアローンがその真実の赤い色を求めると言うのであれば、町の北の山に行け、と。
そこまで言われて、アローンが行動しない理由などない。道具をしまい、今だ自分に微笑む神父へと一つ挨拶をかわして教会をあとにした。
(よりにもよって赤い色を切望するなど……)
アローンの背を見送った彼は人知れず笑みを深くさせた。
(これも、ハーデス様の器であるが故なのか……)
それにしても……とヒュプノスは再びアローンが描いた天使の絵を見つめる。
(……似ている………)
顔ではない。その表情とも言える、中央の天使が醸す雰囲気が、彼の求めてやまない存在に重なる。
あんなことがあったからだろうか、と彼は此処へ来る途中の出来事を思い返した。
(一度鮮烈に思いだしたが故に、過剰になっているのだろうな………残像に思いを馳せるなど。下らん………)
ゆるく頭をふって絵から視線を外したヒュプノスは取り敢えずの役目は果たしたと、教会を後にした。
