第2章 胎動
冥王ハーデスの側近である双子神のうちの一人ヒュプノスは今世の冥王の器である少年に会わんと、森の大聖堂の神父として、彼が絵を描いているという教会へ足を向けていた。
(人混みは性にあわん……)
短気で人間嫌いの片割れには到底出来そうもない役割だと改めて感じながら歩を進める。
人間という存在を毛嫌いする片割れならばいざ知らず、人間を見下しこそすれど嫌ってはいないヒュプノスでさえ、この人混みには少々嫌気がさしてきた。
しかし、確実に目的の少年に会えるのはこの時間帯なのだ。
致し方無いと割り切るしかない。
歩みを止めることなく歩き続けるヒュプノスであったが、ある人影が視界の隅を掠めていったのを認識した瞬間目を見開いて歩みを止めた。
今のは……っ!?
バッと音がしそうな勢いで振り返った彼は、はやる気持ちでさざ波立つ小宇宙を抑え込みながら意識を集中させて周囲の小宇宙を探る。
が、目当ての小宇宙は欠片も感じることはできない。
(気のせいだったか……?いや、それにしては……)
ヒュプノスがそう考えたとき、彼の視線が一つの後ろ姿をとらえた。
それを確認した瞬間に彼は動き出していた。
少し距離があるが、一度視線を固定してしまえば彼がその人物を見失うことはない。
自然と早足になって人混みのなかをぬって歩き、ついにヒュプノスは彼女の腕を掴んだ。
「きゃっ……!」
小さな悲鳴と共に振り返った人物の顔を確認した彼はただ眉をしかめただけだった。
彼女は求めていた人物などではなかった。人違いだ。
ヒュプノスは自身の心が急速に冷めていくのを感じながらも、目の前で困惑の表情を浮かべる女性に謝罪をいれるために口を開いた。
「…………すみません、人違いのようです」
「そ、そうですか……」
「はい。申し訳ありません」
今だ困惑したままの女性に一つの会釈をしてからヒュプノスはもと来た道を戻るべくきびすを返す。
最後にもう一度周囲を見渡したが、求めるものなど見つからなかった。
(小宇宙も感じない。やはりただの気のせいだった様だな)
ただの人違いだったと結論付けた彼は今度こそ本懐を遂げるべく歩きだした。