第5章 迷走
彼女はひっ、と小さな悲鳴をあげて、目を見開いた。
彼女に負けないほどの僕の大声に、正気を取り戻したように見える。
彼女は僕の肩から手を離すと、ストン、とへたり込んだ。
「……ごめん、なさい。」
彼女の謝罪に、返事をする気になれない。
それくらい僕の肩の皮膚は痛み、頭はズキンズキンと痛みに襲われていた。
「半兵衛様、その…私…。」
「…頼むから落ち着いてくれ。
僕だって、戦はしたくない。する気もない。
秀吉にはなんとしても思いとどまらせる。
だから大丈夫だ、安心したまえ。」
早口でまくしたてると、彼女はうつむく。
彼女の髪が、彼女の顔を覆った。
「…わかりました。
ごめんなさい、私、半狂乱になってしまい…。」
呼吸をするたびに、肩の皮膚が布地に擦れて痛む。
おそらく皮膚が切れたのだろう。
「もういい。
とりあえず部屋に戻って頭を冷やして来てくれ。
僕もなんとかして、思いとどまらせる手段を考える。」
今の彼女とはもう何も話したくない。
その意思を示すために、僕は彼女に背を向けた。
しかし、そこにうずくまる気配は、動かない。
動こうとしない。
「…聞こえていたかい?
部屋に戻ってくれと言ったんだ。」
だんだんと苛立ちが募ってくる。
わかりました、と返事はするのに、やはり動こうとしない。
……この女は、何がしたいんだ?
なぜ動こうとしない?
彼女への負の感情がせり上がってくる。
このままでは再び暴言を吐いてしまいそうだ。
頼むから、出て行ってくれ。
それでも動こうとしない気配に、怒鳴ろうと振り返ったとき、彼女はのそのそと立ち上がった。
その目は虚ろで、何を映しているのかわからない。
その時やっと、僕は思った以上に彼女を傷つけたのだと気づいた。
…いや、でも。
あれくらいのことをされたら、どんな男だって、怒鳴るのではないか?
「ごめんなさい、半兵衛様。
許してください。」
ボソッとそう呟いて、彼女は襖の方へ向かう。
が、足音は襖の直前で止まった。
「…半兵衛様。」
彼女に背を向けたまま返事をする。
「…なんだい?」
また僕を苛立たせる長い沈黙のあと、彼女は小さな声で、でもはっきりとこう言った。
「…半兵衛様。私のこと、愛してますよね?」
うん、と言う気にはなれなかった。
彼女は部屋を出て行った。