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糸車

第5章 迷走


「嫌だ、嫌です、半兵衛様!
もう嫌なのです、半兵衛様の帰りをここで一人待ち続けるなど!
半兵衛様が戦の最前線に立っていると考えることなど!
海向こう?!
私は次は何年待てばよいのですか?!
確実でない帰りを、何年信じて待てば良いのですか?!
嫌です、私は絶対に、半兵衛様を戦になんて行かせない!!」

彼女は僕を突き飛ばして、僕は畳に尻餅をついた。
彼女が飛びついて僕の肩をぎゅっと掴み、ギリギリと締め上げていく。
骨に直接響くような痛みが走った。
彼女にこんな力があったのか。
彼女がこんなに恐ろしい声色で喋ることがあるのか。
彼女の瞳がこんなに狂気に染まることがあるのか。

僕は少しだけ、呆気にとられた。
こんな彼女を見たのは初めてだった。

「…安心したまえ。」

彼女を落ち着かせて、なんとかこの場をなだめようと、とりあえずそう言う。
しかし僕の魂胆はバレたのか、その言葉は彼女を刺激し、さらに異常なまでの不安を煽ったようだった。
彼女の目がさらに見開かれる。

「何をッッッ!!」

「……いや、だから」

「半兵衛様…私はもう、一人になりたくありません。
だから……どうか。
戦なんて、どうか、どうか、どうか!!」

彼女は完全に半狂乱だった。
どうか、と何度も叫び、僕の肩を激しく揺らす。
時折、半兵衛様、と僕の名も呼ぶ。

「半兵衛様は言いました!
もう戦はないと!嘘を言ったのですか?
私は絶対に嘘なんかにさせない、私の半兵衛様は嘘などつかない!
私のなかの半兵衛様を、嘘つきになどさせない!
ねぇ⁈半兵衛様、そうですよね?」

ガタガタと僕の肩を揺らす彼女の手の爪が、僕の肩の皮膚に食い込んでいく。
彼女の悲鳴が、僕の鼓膜を刺激する。
彼女の狂気に満ちた目が、僕の目を見ようと躍起になって、僕はつい目をそらした。

「半兵衛様?!ねぇ、半兵衛様?!」

体を揺らされて脳味噌も揺すられている感覚だ。
だんだんと、僕の体の奥から赤くドロドロしたものが昇ってくる。

「半兵衛様、嘘つかないで!半兵衛様!ねぇ?」

彼女の爪が、ギリっとさらに皮膚に食い込んで激痛を感じた途端、僕は暴言を吐いていた。
あぁ、もうだめだ。

「一人にしないで、もう、嫌だ、ねぇ、半兵衛さ、」


「だから落ち着けと言っているだろう!!!
もう黙ってくれ、うるさいな!!!!」







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