第5章 迷走
自分の部屋に戻ると、彼女が僕の脱ぎ捨てた着物や、そのままにしておいた寝具を片付けていた。
「秀吉様と、存分に語り合えましたか?」
僕もそのつもりだったんだ。
足りない、という秀吉の声が、今だに頭にへばりついている。
「………どうだろうね。」
僕の曖昧な返事に、彼女は眉を寄せた。
「…半兵衛様?」
「残念だ。
秀吉は、日の本だけじゃ足りないようだ。
いや、足りなくなってしまったようだ。
「半兵衛様、それはどういう意味ですか?」
戦や世界のことをよく知らない彼女だけども、僕があまり良くないことを話しているとは察したらしい。
僕の境遇を理解しようと必死になっているのが伝わってきた。
「…どうしてなんだ?秀吉。
日の本だって、血の滲むような努力で、何年もかけて手に入れたんじゃないか…。」
その重みを、叶えた途端に忘れてしまったということなのか?
訪れた絶望感に、僕は畳に膝をついた。
彼女がとっさに僕のそばに寄って、腰を支えてくれた。
「忘れてしまったのか?秀吉…。
この日の本を失う覚悟で、新たな無謀な戦をするなんて…。」
僕の腰にまわされていた手が、戦という言葉に反応する。
「半兵衛様…また、戦があるのですか?」
彼女の声はブルブルと震えていて、再びの戦を本当に恐れているようだった。
そうだ。彼女はもう、戦はないと安心していたんだ。
「秀吉はね、海向こうの国が欲しいみたいだ。
そのために、戦をしようと。」
「そんな………もう、戦は、ない、って。
海向こう…?半兵衛様は、海向こうの国に行ってしまうのですか?」
彼女の手の震えが大きくなる。
ほんの少し、我を失っているようだ。
「いいや、僕はこれから新たな戦などする気はつゆほどもないよ。
僕がなんとか全力で阻止するから、君は」
安心したまえ、という僕の言葉は紡げなかった。
その代わり彼女の悲鳴にも近い声が響いた。