第7章 市丸ギンと私
「ここの餡蜜は絶品でな!中々食べに来れんが、たまに忍んで食べにくるのじゃ」
「はぁ…」
この人は確か隊長…
そんな簡単に仕事を抜けても良いのだろうか。
出かかった言葉を間一髪で飲み込み、言葉を繋げた。
「お忍びだったのにお邪魔して申し訳ございません。私はこれで」
「なんじゃ、食うていかんのか?」
「はい、そろそろ屋敷に帰らないと」
「遠慮せずとも食え!お前の分も頼んでしまったしのぉ」
「え」
ふと店の奥から人柄の良さそうな店員が、彼女と同じものをニコニコしながら持ってきた。
…食べるなどと言ってないのに、この人はなんて自分勝手な。
なんて言える訳もなく渋々とその餡蜜の前に座った。
いただきます、と小さく呟き餡蜜を口に運ぶ。
…確かに美味しい。
「時に主人公の名前よ」
「はい?」
「お主、中々出来る奴と噂で聞くぞ。総隊長殿にも気に入られているとか」
餡蜜を夢中で食べながらも、声のトーンはさっきよりワントーン低く、真面目に言っているのがよくわかった。
「出来るかどうかは私自身わかりませんし、そのような噂も事実とは限りませんよ」
「火がないところに煙はたたない、とも言うじゃろ」
「…ご馳走様でした、勘定は置いていきます」
「早いなお主⁈勘定はいい、儂の奢り…」
「そういう訳にはいきません、貴方は四大貴族の内の一つ、四楓院家の頭首。そして護廷十三隊二番隊長でもあるお方に、借りは作りたくございません」
呆気に取られている夜一を一瞥し、踵を返す。
「面白いのぉ、お主」
という言葉を背中で受けて暖簾をくぐり抜け、元の通りに戻る。
変な人だったなと思いながらまた商店を練り歩いた。