第8章 ぬいぐるみ
彼女は彼の顔をしっかりと抱いたまま立ち上がる。
よく見ていなかったから気付かなかったが、彼女の腕の血は彼の血ではなかった。
自分で引っ掻いて傷をつけていたのだろう。
居ても立っても居られず、僕は彼女の腕を掴むと台所へ連れて行き、血だらけの腕をぬるま湯で流した。
彼に捧げていた跡だろうか。
その部分は、深く抉られていた。
背中がぞくりと粟立つ。
人間の、肉。
どくりどくりと心臓が脈打ち、目の前がくらくらとした。
いけない、このままでは。
貪りたいと疼く身体を必死に抑え込み、深呼吸をする。
ちらりと彼女を見ると、心配そうに此方を見ていた瞳と目が合った。
僕は弱々しく笑い、そっと彼女から意識を逸らすように「救急箱はあるか」と尋ねる。
丁度切らしてしまったらしく、救急箱を覗くと包帯等は一巻き出来る程の長さしか無かった。
僕が買ってこようかと思ったが、彼女を一人にするのは心許ない。あんていくに連れて行って処置をしてもらった方が良いだろう。
「そうだ。
金木くん。来てもらって悪いんだけど…少し付き合ってもらってもいいかな。」
彼女は僕を見上げ、静かに笑う。
僕は彼女の怪我が何よりも気に掛かったが、こくりと頷き、部屋から出て行く彼女の後を追った。