第7章 喪失
周囲の何かの臭いに不快感を覚え、目が覚める。
一体何の臭いなのだろうか。
まるで、血…みたいな。
周りを見渡してみたが、その根源となっているようなものは無かった。
その臭いが私から発せられているように思えた。
先程居た筈の喰種捜査官もサヤも、どちらも見当たらない。
彼らは何処へ行ったのか…
ふらふらとおぼつかない足でリビングへと進む。
あの時玄関にいたのに、目が覚めたらベッドにいた。
誰かが運んだのか。
「………?」
微かに、こつり、と玄関戸から音が聞こえた。
妙に気になり、扉を開けようとした瞬間、何かがフラッシュバックをする。
誰かが、笑っている。こちらを見つめて、悲しそうに。
横から鈍く光るものが彼を突き刺し、首を刎ねた。
彼の顔は宙へ飛んで、地へ落ちる。
私はその光景を見ていることしか出来なかった。
その間にも、私の身体は下へ下へと沈んでゆく。暗い意識の海へ帰ってゆく。
私はそのまま目を閉じ、目の前の世界を見ることをやめた。
扉は既に開いていた。
そこから見えるのは頭。
やがて、少し強い風が吹いて
ごろり。
生首が、転がって、私の足元で、止まった────。
「こんなところにいたんだね。
寒かったでしょ。」
私は、血飛沫がこびりついた腕で既に冷たくなった生首を持ち上げ、ぎゅっと抱きしめる。
涙は不思議と出てこなかったし、何の感情も湧いて来なかった。
ただただ、息が詰まって、目の前が霞んで、目眩がして。心は空っぽなのに、全身が軋むように痛い。
私は彼を抱えたまま、その場にしゃがみ込んだ。
彼の髪が頬について擽ったい。
得体の知れない、赤い気持ち。破壊衝動のようなものがせり上がってきて、抑えるように自らの腕に爪を立てた。
そのままガリガリと腕を掻き毟る。血が滲んだような気がしたが、私も彼も血だらけだ。
服にどのくらい血が付着しようと、最早どうでもよかった。
寧ろ、ずっとこのままでいたい気さえした。
彼の、におい、が消えてしまわないように、このままで………