第5章 役目
俺の言葉を聴いたアイリスは紅茶の入ったカップを口に持って行きかけ、止めた。
ソファの前にあるコーヒーテーブルにカップを置き、ソファに凭れて話し出した。
アイリス「勿論…リック達の技術は私より劣るとは言え実践では十分な腕前です。でも…、何かあの時自分から言い出し辛くて……」
この子の口から言い出し辛いって言葉を聞くとは思っていなかった。
そういえばゲルハルトが自身とアイリスを外した時、彼女はホッとしていた気がする。
アイト「そもそも来たくなかった?」
アイリス「っ!! そんな事……!!」
ないです! とは言い切り難いみたいだ。
ガタンと音を鳴らして勢い良く立ち上がったアイリスだったが、言葉を詰まらせると再び座った。
アイリス「正直言いますと、アイトさんと離れるのは嫌です。――――――この紅茶の味も暫く飲めなくなると思うと…」
アイト「………」
アイリス「…冗談ですよ? 前者は本当ですけど。…トロストに行くのが嫌なんです。あまり良い思い出がないので…」
そうか、アイリスはストヘスから一度トロストに飛ばされていたんだった。
アイト「嫌な事思い出させてごめん…」
勅令憲兵だった…。そうだ、此処に来る前にも同じような経験をしているんだ。もしかしたら彼女も…
アイト「…暗殺も担当していたのか…?」
アイリス「………っ。…あはは、アイトさんは本当に鋭いですね」
無粋な事を聞いてしまった。聞いた後で思った。俺は馬鹿だ。
アイト「ごめん…。もうこの話はやめよ」
アイリス「………。暗殺なんて誰もしたがりませんよ。幾ら命令だからって。簡単に出来る人は頭が可笑しいか、中身が空っぽなのかどっちかですよ…」
小刻みに震えているのが目に見えて分かる。
17、8歳で人を殺す事になるとは思っても居なかっただろう。
アイリス「…73人」
何の数字? 聞かなくても分かる。いや、言わなくて良いんだ。無理に言わなくて。辛い事を思い出させたくない。だから言わなくていい。
アイリス「トロストで勅令憲兵になって2年間で先々月までで殺した人の数です。24ヶ月と少しの間に…これだけ」
彼女が言葉を発する度、身体だけでなく言葉も震えていっているのが分かる。