第7章 the past ③
僕は涙を堪え、笑顔で
「はじめまして、松重先輩」
と言った。
夏頃になると僕たちは恋人になった。
一会は去年の話をよくしてくれた。
命の恩人の人のことを。
「その人にね、お礼がしたいの。だけどわからないのよ。助けられたのは覚えているのだけれど、名前も、顔を思い出せない」
一会は苦しそうに話すのを僕はいたたまれない気持ちになる。
僕だよと、言いたい。
なのに、なにかが僕を言わせないようにしている。
なんなのかわからない。
僕が一会の家を訪れたとき、一会の大事な物を見せてくれた。
それは、大きな黒い羽根。
僕の羽根を弄びながら一会は「会いたいな」と呟いた。
愛する人の悲しい顔を見るのは心底悲しいし、悔しかった。
沢山写真も撮ったし、沢山デートもした。
だけど、すべて忘れてしまう。
写真はなくなり、記憶もなくなる。
しかし、ひとつだけ、なくならないものがある。
それは、物だ。
固体はなくならないと知った。
写真のように僕の存在を証明するものはなくなっても、証明しないものはなくならない。