第1章 82回目の高校2年生
1羽のカラスはグランドの中央より少し体育館側に降り立った。
そのカラスは嘴(くちばし)でグランドの砂を突っ突いている。
そんなカラスを吉川はじっと見つめている。
吉川の視線に気付いたカラスは砂を突っ突くのをやめ、吉川の方を見た。
数秒間、吉川とカラスは目が合っていた。
先に目を逸らしたのはカラスの方だった。
カラスは「カー」とも「ガー」とも聞こえる鳴き声と共に大空へ飛び立っていた。
吉川はカラスがいなくなった今も、カラスがいた場所を瞬きひとつせず、見ている。
そんな様子の吉川を田中は黙って不思議そうに見ている。
(なんだ、あいつ....なに見てんだ?)
田中は吉川の右隣に並んだ。
吉川の視線の先を辿ってみた。
そこには何もなかった。
「颯斗、何見てんだ?」
虚空を見つめている吉川に問いた。
吉川は「何も」と短く答えるのみだった。
虚空から目を離し、第3教棟へと足を向けた。
「分からねぇ....」
田中は一言呟き、吉川の後を追った。
*****
教室にはもう誰もいない。
吉川と田中の荷物が残されているだけだ。
黒板の中央には大きな字で
"最後の人鍵お願いします"
と書かれている。
その文字は少し右斜めに上がっていた。
「颯斗ぉ。はよ部活行くぞー」
田中はいつの間にか荷物を持ち、鍵を振り回してドアのところで吉川を待っていた。
「あぁ、今行く」
吉川は黒板消しで白い文字を消していく。
消し終わり、黒板消しを溝に置いてから手をパンパンと叩(はた)く。
荷物ーーー黒い大きなスポーツバッグを持ち、吉川を待つ田中の方へ向かった。
*****
鍵を職員室に戻し、第2体育館の傍にある部室に向かった。
2階にある部室から聞きなれた声がする。