第3章 the past
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僕はいつの間にか眠っていた。
気付けばそこはごちゃごちゃと物が溢れかえっている部屋だった。
僕は籠の中に収まっており、足元にはティッシュが詰め込まれている。
部屋に人間はおらず、無人だ。
程なくして人間が入ってきた。
僕に近寄り、話し掛ける。
「あなたって名前あるの?」
名前?
ない
僕はヤタガラスだ
「私は松重一会(まつしげいちえ)。名前がないのなら、私がつけてあげる」
そう言い、一会は考え出す。
なにかぶつぶつ言っている。
「あっ!『颯斗』なんてどう?風が素早く吹き抜けるように飛び、夜空に瞬く星のように煌めく。どう?気に入った?」
颯斗....
いい響きだ
僕はその名前を気に入り、「カー」と一声鳴いた。
一会は嬉しそうに笑い、「よかった」と言う。
その笑顔のまま、手で僕の翼を撫でた。
とても暖かかった。
*****
僕が一会と出逢ってもうすぐ1ヶ月経とうとしている時。
窓の外では蟬たちが大合唱をしている。
新しい羽根が生え、飛べるようになった。
だけど僕はずっと飛べないフリをしていた。
ここを離れたくないからだ。
ここを離れてしまえばもう2度と逢うことができないと思ったから。
僕は演じ続けた。
ずっとここにいたいから。
しかし、僕は離れてしまった。
この部屋を。
自分の翼で。
自分の意思でなくても。
恐怖に怯えた故に起こったことだ。