第5章 《ダイヤのA》好きになってはいけない
すぐに手を離し、しばらく篠崎の顔をまともに見れなかった。なにやってんだ、俺は…。
「何か聞きたいことでもあった?」
「いや…悪い、引き止めて」
「ううん、じゃあね」
篠崎は先ほどと変わらない笑顔で図書室を出て行った。俺はその場にうずくまった。掴んだ左手が熱を帯びていた。
「…本当、なにやってんだろ、俺」
《篠崎千夏side》
御幸くんに腕を掴まれてびっくりした。正直、一瞬ドキッとしてしまった。御幸くんは何か言いたかったのか…。
「ただいまー」
「おかえりー千夏」
お父さんがエプロン姿で玄関に現れた。私の家にはお母さんがいない。私を産んだ時に亡くなってしまった。
「今日はシチューだからなー」
「はーいっ」
鞄を自分が座る椅子に置き、上着を脱ぐ。
「今日、遅かったけど何かあったのか?」
「勉強教えてもらってたの、御幸くんに」
「まさかの彼氏か?」
「違うよー彼氏なんていないしっ」
そう、彼氏なんて最初からいない。そもそも、付き合ったことすらない。前も何人かに告白をされたが全て断り、その理由付けに彼氏がいるからと言った。それがまさか、こんなに広まるとは思ってなかった。
「お陰で見事に誰も近寄ってこないし…」
ため息が出る。唯一、今日御幸くんに勉強を教えてもらったくらい。内心は物凄く緊張していた。
「御幸くんってどんな子なんだい?」
「うーん、顔はいいし勉強出来るし、料理も出来たはずだよ」
「完璧な子だね…」
「でも、性格に問題があるから友達はあんまりいないみたい」
「なるほどね」
お父さんと二人して笑い合う。夕飯の会話は御幸くんで持ちきりだった。こんなにも誰かの話をしたのは初めてだった。
「おはよう、御幸くん」
「おはよう」
今日、来て机に突っ伏していた御幸くんに声を掛ける。
「昨日はありがとね」
「別に気にすんな」
笑顔で返され、私も笑顔を返す。すると御幸くんの前の席の倉持くんが目を丸くして聞いてきた。
「いつから仲良くなったんだよ、お前ら」
「私が昨日、御幸くんに勉強教えてって頼んだだけだよ」
「そーそー、頼まれただけ」
「ふーん」
《御幸一也side》
「つまんねーの」
「なにがだよ」
「浮気してんのかと思ったわ」
「んな訳あるか」
「ヒャハハ」