第60章 二者択一
すうっと息を吸い込む
夏なのに、肺に入ってきたのは冷たい空気
葵
「僕は………、いえ、"私"は、津田 葵です
女です」
視線を落とすな
みんなの目を見ろ
耐えろ
耐えろ
ギュッと、握り拳に更に力を加える
自分でもわかるほどにフルフルと足が震える
逃げるんじゃない
ちゃんと向き合え
言い聞かせ、唇をきゅっと噛む
葵
「今まで黙っていて、すみませんでした
私は、女です
そして、つい先日日本代表のチームに加わりました
今日、ここを発ち明日には東京で遠征に向かいます
なので、みなさんと一次予選は、参加…しません」
西谷さん
「お前、どうして……」
ああ、傷つけてしまっただろうか
どうして黙っていたのかと、どうして女が男子に混じってバレーをしているのか、と
葵
「すみ、ません……」
もう一度、深く腰を曲げた
どうか、許してほしいなんて、勝手だろうか
体育館のフローリングを厳しく見つめながら、私は頭を垂れる
ぽん、と大きな手が頭に置かれた
「許してやってくれ」
手の主は、告げる
見なくても、わかる
この声は––––
大地さんだ。
大地さん
「こいつはバレーが好きで好きで、大好きで烏養元監督にバレーを指導してもらいたくてここに来たんだ」
そして、もう1つの掌が私の肩に乗る
菅原さん
「そうだべ。葵は、ここに来て良かったって言ってた
俺たちのために、強くなろうとしてくれてる」
目頭がカッと熱くなる
視界が滲み、熱い雫がぽたっぽたっ、とフローリングを濡らしていく
肩の掌が背中にまわり、さすってくれた