第44章 ファイナルセット
武田先生の格言を見事聞き逃した私は、その頃―
止めどなく流れる涙を烏野排球部の黒ジャージの袖で拭っていた
拭っても拭っても流れるから、袖はグショグショだった
「あの、よかったらどうぞ」
目の前に差し出された淡いブルーのハンカチに目を丸め、そして差出人の顔を仰ぎ見た
繋心よりは若そうな青年
しかし、紺のスーツを纏っているということは社会人だろう
??
「あまりキツく目を擦ると腫れてしまいますよ?」
ニコリと優しそうに微笑むその男の人
なるほど、これがいわゆる営業スマイルなのか?
葵
「ですが、……ハンカチ、汚してしまいますよ?」
入念にアイロン掛けをされたのか、ピシッとシワ一つないそれを差し出されれば受け取りづらい
??
「ハンカチって、こういう時に使うものです
さ、遠慮なく」
前かがみになっていたのをもっとかがませてズイッと渡される
そう言われれば、断る理由がなくなってしまう
おまけに、みっともない声で言い返しても何の迫力すらないし
「ありがとうございます……」と言っておずおずと受け取った
その男の人は「いえ!」と嬉しそうに微笑んだ
??
「さっきの試合、見てました
凄い接戦でしたね
僕もすごい興奮しました
あなたは特に印象的でしたよ」
葵
「そうですか……?
別に僕は大したことしていませんが」
??
「いやいや!
津田 葵選手がこうやってバレー界に帰ってきて、男バレと混ざって参戦しているんですから!」
拭い過ぎて少し熱のこもっている目でぼんやり土を見ていた目を見開いた
男の人を見ると、満足そうに、嬉しそうに私をまっすぐ見ている
葵
「人違いですよ
僕、よく間違えられるので」
ワンテンポ遅れてそう返した
が、
??
「何言ってるんですか
あなた、津田 葵選手ですよね?
じゃないとあのサーブ、あのアタック
どこで誰に教えてもらったんですか?」