第1章 大切な宝物
見慣れない風景を父の肩越しから見ていた私は、歩みを止めた父に気づき、身体を捻って父の視線の先を見た。
「ママ…ここにいるの?」
両サイドの建物に比べて3倍程の大きさの白を基調とした建物に足を進める父は首を縦に振りながらくすんだ金色のドアノブに手を掛け押し開いた。
カランッ…とドアベルが鳴り響くと扉から数メートル先にある受け付けの女性がこちらへ視線を寄越し、父は他には目もくれずその女性の元へ歩み寄った。
女性と母の名前を混ぜながら2、3言話すと礼を述べて奥の廊下へと進み始める。
「早くママに会いたい」
「パパもだ」
父に自分で歩くと伝え、地に足が付いたのを確認して手を繋ぎながらこの建物独特の薬品の匂いが広がる廊下の先にある沢山の扉を見た。
どの扉の先に母がいるか解らなかったが、自然と扉についたすりガラスの中を覗き込むようにしながらいくつかの扉の前を通り過ぎた後、ピタッと父の足が止まり右手にあった扉をコンコンと2回鳴らした。
返事を待たずして開けられた扉に中にいた人物はさして驚いた声色でもなく、むしろ嬉しそうに父の名を呼んだ。
「トビアス」
「遅くなってすまない、アイリーン」
扉の外で会話を聴いていた私は、父の言葉にあった名前に反応し父の足元から部屋の中の人物を見ようと顏を出した。
「あら、ファブール!会いに来てくれたの?」
父の足元から顏を出した私がその姿を見つける前に名前を呼ばれ、中を見渡せば白く華奢なベッドの上にその人はいた。
嬉しくなった私はベッドのすぐ側まで駆け寄り、そんな私の頬を両手を伸ばし包み込み「寒かったでしょう?」と優しく笑ってくれたその人に首を振って笑顔をみせた。
そして、今度は私の番!と手を上げて質問を投げかける。
「ママ、おなかいたい?」
「ううん、痛くない」
ここに来る迄に父から夜にお腹が痛くなって病院にいる。と聞いていた私は視線を母の腹部へとやった。
しかし、母は笑顔でそう言い私の手を自らの腹部へと持っていった。
「おなか…ない…」
そこに、昨日まであった大きなお腹は無く、私と同じぺったんこなお腹があるだけだった。
どうして?なんで?と思う私の気持ちが顔に表れていたのだろうか。
私の頭を撫で意識を自分へと戻させてから、ある方向へと母は視線を送ったのだった。