第1章 大切な宝物
ゆらゆらと揺られる感覚にうっすらと目を開けると、にっこりと笑った父の顔があった。
「…パパ…オバケ…?」
父は私の呟きにぷっと噴き出すと「パパはオバケじゃないぞ」と言ってケラケラと笑った。
それから、寝ぼけてる私に用意していた洋服をテキパキと着せながら合間に「どんな夢を見たんだ?寝坊助なお姫さんは」とからかう父に、徐々に目が覚めてきた私は対抗する言葉を知らない為に頬を膨らまして不満顏をするという、細やかな抵抗しか出来なかったのだ。
「朝ご飯を食べて歯を磨いたらお出かけだぞ」
自分の食事が終わり食後の紅茶を飲んでいた父は、私が零した食事をティッシュで片付けながら言った。
食事の手を止めて父をジッとみつめた私は首を傾げた。
「ママの所だ」
父が先程の様に意地悪に笑う。
でも、そんな父のからかう様な笑い声も今は気にならなかった。
私は直ぐにでも行動に移さなくてはいけなかったからだ。
フォークを置いて急いで椅子から降りる。
父の慌てた様な声が聞こえたがそれに構うことなく駆け出す。
向かうは洗面所ーー歯磨きをする為だ。
バタバタと家中を駆け回った私が急いで玄関に行くと、そこには既に手袋と靴も履き終えた父の姿があった。
父の側へ行けば、外は寒いからと手袋とマフラーを付けてくれた。
「ありがとう、パパ!」
感謝の言葉を述べて長靴を履こうとした時
「ああ…ファブ。パパがいつもしてるマフラーは解るね?」
父の首元に視線をやると父はマフラーをしていなかった。
「持って来てくれるか?」
「うん!」
母がいつも父の私物を置く場所。
そこまで行ってマフラーを大事に胸に抱えながら父の元に戻った。
「ありがとう」
私の頭を撫でて受け取ったマフラーを首にかける父の横で長靴を履く。
履き終え立ち上がれば、右手を父の大きな手で掴まれる。
「出発だ」
言葉と同時に開けられたドアの先には真っ白な世界が待っていた。
鍵を締める父を急かして、父が歩き出すのに合わせて長靴越しに雪の感触を楽しみながら歩く。
銀世界の中を息を白くしながら歩く父と私。
手袋とマフラーはお揃いの柄で、作ってくれた母の愛情のお陰か包まれたそこだけは、ちっとも寒さを感じさせず寧ろポカポカと温かかった。