第1章 大切な宝物
ふと目を覚ました私は真っ暗な空間を暫く呆然と見つめていた。
「ママ…?」
いつも家族3人で寝ているベッドの左側。
そこにある筈の母の温もりが今はなく伸ばした手は冷えたシーツの上に落ちるだけだった。
「パパぁ…?」
母がいない事を伝えようとしたのか…
それとも得られなかった温もりを父に求めたのか…
反対側にいる父に手を伸ばすも、母の時と同様にある筈のモノには触れずに彷徨う手。
それでも、もう1度父を呼びながら真っ暗な空間へと視線をやり、その姿を探した。
やはり父の姿はなかった。
母も父もいないーそれを理解した瞬間、今自分のいるこの空間が恐ろしく感じた。
気にならなかった部屋の寒さも一瞬にして冷やされたかの様にひしひしと肌に感じてしまい、毛布をギュッと握った。
いつも寝ている場所に一人でいるだけで、こんなに怖く感じるなんて思わなかった。
私を取り囲む闇から何かが出てきて私を食べてしまう…そんな思考に至り強く目を閉じ闇を無くす。
けれど、瞼の裏にも闇が存在し私はどうしたら良いか解らなくなって…また目を開いた。
ポロリ。瞳から涙が一粒落ちた。
「ぅ…ぅ、ぅわあぁぁあぁん!!」
頬を伝った涙がシーツへと染みこむ。
それを追うかの様に一粒。また一粒。
大量の雫が流れ出すと自然と声も大きくなっていく。
溢れ出した涙を止める術を知らない私は大きな声で母と父を呼び続けた。
その時…バァン!!と大きな音がして、私はヒッと喉を引き攣らせた。
けれど、驚きで止まった泣き声も階段をドタドタと登ってくる足音が近づくにつれ、また出てきそうだった。
それは泣き声とは違う…一気に声を張り上げる様な…そう、叫び声だ。
足音が部屋の前で止まり扉が開くーー
「ファブ?!」
慌てた様子で部屋へ入って来た人物は私の名前を呼んだ。
「パ、パ…?」
口に手をあて叫び声をなんとか抑えた私は、いつの間にか溜まった唾をゴクリと飲み込んで、なんとか言葉を紡ぎ出した。
2人の距離が縮む度に見えてくるその姿。
闇に慣れた目に映った人は間違いなく父だった。
「ああ…!ごめんな、怖かったんだな」
慌てながらもゆっくりと伸ばされた手が私の体に触れた途端、止まっていた涙が堰を切った様に溢れ出した。
父は私を抱き締めながら何か言っていたが、ただ泣く事しかこの時の私には出来なかった。
