第2章 姉と弟
子供心というのはとても難しくとても簡単だと思う。
『好き』は『嫌い』へ
『嫌い』は『好き』へ
2つの感情ーーその境界線は酷く曖昧で簡単に覆るなんて事はざらにあるのだと。
それを自ら体験し実感する事となるのだからーー。
両親の居心地悪い視線から逃れる様に瞳を閉じて温かいココアを体内へと流し込む。
2、3回それを繰り返した位だろうか…静かに呼ばれ た名前にゆっくりと母を見る。
私と視線を交わした母は微笑むと父に向き直り話し始める。
「トビアス?私達じゃこれ以上先には進まないと思わない?」
私の気を引いておいて放置するという母の行動に、普段なら何も感じずに見守る事が出来るのに燻るナニカを消化しきれていない私は苛つきを感じ顔を顰めた。
何やら話し始めた両親の会話を聞く事もそこそこに、先程からグルグルと体内を巡る不快感について考え始める。
今までこんな気持ちになった事なんか無い。
何にでもいいから強く噛み付きたい様な…加虐心
身体中を掻き毟りたくなる様な…自虐心
グラグラと煮えたぎるモノに叫びたくなる衝動を抑えるのに必死で…凄く…スゴく…
キモチワルイ
「ファブール?」
父の声にハッとして顔を上げた。
驚いた様な両親の声の後に私をつつむ母の香り。
「大丈夫…大丈夫よ」と背中を摩られて初めて私は泣いてる事に気付いた。
「ぅ……ひっ…く…」
自分でも解らないまま溢れる涙を止めようと口を固く結んでみるけど簡単には止まってはくれなくて、遂には私の声に起きた弟も泣き始めてしまい…申し訳なくなった私は顔を上げて母と弟を抱き上げあやす父を見た。
「ごっ…ごめん、な…さい…」
「いいのよ」
私の額に自分の額をあてて母は優しく笑った。
「ファブール達はママ達の宝物だもの」
母の瞳は潤んでいる様に見えた。
「貴方達にかけられる迷惑なら、どんな事でも許せちゃうわ」
「…ど、して?」
「親子だから、かな」
母と顔を見合わせて笑うと泣き止んだ弟を籠の中に戻し「いつか解るさ」と、私の頭をくしゃくしゃと撫でる父。
その【いつか】はいつ?
またあんな気持ちになる前に解る?
聞きたい事、言いたい事は沢山あったけれど「うん」と頷くだけに留めた。
私は2人の宝物ーー今はその言葉だけを信じたかったから。