第8章 strategie⑧
信じられない。こんな奇跡が起きるなんて。
こみ上げる感情をぐっと抑えて、なんとか保っていた。
かわりに震えが止まらなかった。
もう一生会えないかもしれないと思っていた。
話せないかもしれない。
しかしもう一度彼女の芝居が生で見られるのだ。
こんな嬉しいことはない。
この一ヶ月ほんとに俺のせいで辛い思いをさせてしまっただろう。
しかしその辛い気持ちを舞台で表現として発散することができるんだ。
彼女は一体どんな表現を魅せてくれるのだろうか。
世間にぶちませてくれるのだろうか。
もう一度俺を震わせてくれ。
もう一度悔しい思いをさせてくれ。
こんな状況なのに、ワクワクが止まらなかった。
「川崎…、俺…ほんまなんて言っていいか分からへん。」
「はい。」
「ほんまに良いんか??こんなんバレたらおしまいやで。」
そう震える手を抑えながら川崎を見ると、なんと彼の瞳から涙が一筋流れていた。
俺は驚き、一瞬固まった。
「光一さん…、ほんとにすみません。こんなことしかできなくて。」
「………。」
「仕事のことだけ考えれば、二人を別れさせることが正解だってことは明白なのですが、だんだん分からなくなっていったんです。なにが正しいのか。光一さんの人生は光一さんのものなのに。
二人のヨリを戻すことのお手伝いはできません。
しかし、この程度のことならできます。
光一さんに伝えておかなければいけないことが一つあります。」
「…なんや。」
「ヒロカさん、離婚されました。」
その言葉にズシンと何か重いものが心にのしかかったのを感じた。
「理由は分かりません。光一さんを選んだのか、ただ今回のことで関係が悪くなったからなのか、彼女なりのケジメなのか。しかし、光一さんは知っておくべきだと思いまして。」