第5章 strategie⑤
なにも言葉をまとめる時間を許されないまま、半ば無理矢理発信ボタンを押してしまった。
妙に緊張してしまい、剛のほうをチラリと見たが、監視員のような厳しい目でこちらを見返すばかりでなにも言ってくれなかった。
プルルル…
発信音が緊張を煽る。
「はい。剛君?」
懐かしい声に動揺する。
彼女との思い出なんかほとんど覚えてないのになにを話せば良いというのだ。
「あぁ、俺やけど。」
ぶっきらぼうにそういうと、相手はしばらく沈黙していた。
「え、光ちゃん?」
「おう。」
「嬉しい。」
二年間も放置されていたのにその相手に嬉しいと言うなんて。俺は全力で引いてしまい、またその気持ちが分かる今、彼女と自分を重ね、全力で惨めに思う。
「別れて欲しいんやけど。」
「…いやだよ。」
「お前に対して好きな気持ちが全くないねん。だから別れて。」
「…いやだ。わたしは好きだもん。」
電話して数秒ですすり泣くような声が聞こえてくる。
おぼろげだった彼女の姿を思い出してきた。
そうだ。こうやって
すぐに泣き、すぐに怒る人だった。
「お前が好きでも俺が好きじゃなかったらそれは恋人として成立せえへんやろ。だから別れて。」
電話の相手はしばらく黙っていた。
「分かった。じゃあ一度わたしと会って。そしたら諦めるから。」
「なんでやねん。同じことなら会う意味がないやろ。」
するとクスリと笑った。
「光ちゃんなにも変わらないね。」
「は?」
泣いたり笑ったり人のことおちょくっているのか。
「会ってくれないと自殺するって言ったら?」