第2章 strategi②
「それ。大丈夫か??」
光一は急に伏し目がちにそう良い、一瞬なにを言っているか分からなかった。
「え?」
「それ。」
光一が指さす先はわたしの左手の薬指だった。
「結婚してるんやな。」
わたしの顔は一気に青ざめた。夢ごこちの気分が冷め、冷水をぶっかけられたみたいに現実に引き戻される。
光一は気づいていた。
「まあ。そうですね。」
急に表情が曇ってしまったわたしを心配してか、光一は笑いながらタバコを吸った。
「あかんなー。人妻に手だしてもうた!」
そう良いケラケラ笑う彼の目がどことなく泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。
「わたし…そろそろ失礼しますね。彼も心配していると思うので。」
こんなこと良いたくなかった。
光一を遠ざけるような言い方。
もっとあったはずだ。
その気があるフリしてまた会ってもらえるような言い方。
でも、わたしはそこまで賢くもなかった。
これでよかったんだ。
またテレビの向こうで輝く彼を見て幸せな気持ちになれば良い。
ずっとわたしはそうしてきた。
なにも変わらないし、なにも減ってない。
「おう、せやな。昨日はいきなり拉致ってすまんかったな。」
「いえ。とても幸せでした。」
わたしは雑にそう吐き捨てた。
目が見れなかった。
見たら涙が出そうな気がしたからだ。
「え…?」
え?
光一の方を向く。
彼は目を丸くしてこっちを見ていた。
「え?今なんて…?」
光一の目はずっと見開いたままでこちらを見ている。
わたしは手が震えた。
もうダメかもしれない。
引き返せないかもしれない。
「いや……あの……なんでもないです。」
「頼む。今なんていったんや。」
「やめてください。」
わたしの目から一粒の涙がでた。
こんなに嬉しくて、苦しくて、切なくて、もどかしい気持ちははじめてだ。
「幸せやったんか?」
そう言う光一の声があまりに優しかったので、わたしは一気に嗚咽した。
「ごめんなさい。もう帰りますね。失礼します。」
そう言ってわたしは扉を閉め、走って逃げた。