第8章 strategie⑧
ヒロカはタミコという女の役だった。
タミコは源氏名で、キャバクラからおっパブ、風俗、とどんどん定番ルートに堕ちていった普通の夜の女の話し。
タミコという昭和くさい源氏名が嫌いで、いつも変えたがっていたが、店長に気に入られてたタミコは、店長が付けたこの名前を変えることはできなかった。
タミコは店長の死んだ奥さんの名前だった。
店長は夜な夜なタミコを抱いた。
愛おしそうにタミコを抱き締め、頭を撫で、キスをする。
タミコは目をつむり歯を食いしばり、店長に抱かれるのだ。
「タミコ…。愛してる。ずっとそばにいてくれ。」
「タミコ。タミコ。タミコ。こっちを見て笑ってくれ。どこにも行かないと誓ってくれ。」
「愛してるわ。どこにもいかない。わたしは貴方のそばにずっといるわ。」
その氷のように冷たい彼女の瞳、低い声にゾッと鳥肌がたつ。
女の深さと怖さを感じた。
タミコがなぜ店長に抱かれつづけ、愛してもないのに、歯を食いしばりながらも愛をしっかり返すのか。
ちゃんと描かれていなかったが、彼女の表情から全てが伝わった。
自分の居場所がここしかなかったから。
そして自分より可哀想な店長に抱かれることで、自分はまだ大丈夫と自らを保つことができたらである。
俺はなぜかそのどうしようもない女の表情を見て、涙が出そうになった。
泣かせるようなシーンでも感動的な演出でもないのに、ヒロカの仰ぐような視線一つで、グッと胸が熱くなる。
会場は、舞台が始まって40分、物音一つせずシーンとした緊張感を保ったままだった。