第1章 【目に付いた話】
虫の音が勢いを増す晩夏の夜。
遊歩道の片隅にあるベンチに腰掛け、僕は深くうなだれて靴のつま先を無意味に見つめていた。
ベンチの脇に立つ街灯は不規則にチカチカと瞬き、そこから羽虫のような音が僅かに響く。
8月も過ぎたと言うのにここ一週間、この地域では熱帯夜が続いていた。
肌にじっとりと張り付く暑さが体温を内に篭もらせて、早く涼が取りたいと体を疼かせる。
しかし、寄る蚊を叩き落としながら、僕がこうして暑い夜天の下に長時間居座るのには理由があった。
結論から言うと、気持ちを切り替える時間が欲しかったからだ。理由は一言では言えないし、他言出来ない話であるから割愛する。
とにかく僕は、疲れていた。
気持ちの切り替えに多分に時間を取り、鈍くなった思考回路が体の動きも悪くしていた。
ここ最近よく眠れないし、食欲もない。
家族の前では明るく振る舞うが、それも空元気というやつだ。
まぁそれも僕に限った話では無いかも知れない。
なぜなら、明日は義姉の四十九日だからだ。