第1章 【目に付いた話】
「とりあえず顔隠して─それから、その目立つマフラーは外しなさい」
頭に乗せられたのは、ちょっと湿ったスポーツタオル。
僕は言われるがままに首もとのマフラーを外し、神薗さんに手渡した。
彼女はそれを丁寧に畳むと鞄に突っ込んで、流れるような動作で自転車のスタンドを外す。
「あの…」
「私の家、すぐ傍にあるの」
そして、落ち着くまで休んでいきなさいと言った。
困惑する僕は、その言葉の真意を探ろうとしてなかなか一歩を踏み出すことが出来ない。
が、彼女はそんな僕の胸中を読み取ったかのように言う。
「両親いなくて一人暮らししてるから、気兼ねしなくても大丈夫よ」
その言葉に少しためらったものの、楯山文乃の姿で歩き回るわけにもいかない。
「……どうとでもなれ」
僕はタオルを手で押さえると、小さく足を踏み出したのだった。
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