第1章 碧に吸い込まれる
ㅤ多少、諦めの孕んだ遠い目を窓に向け、手入れの行き届いた庭を眺めながら長い廊下をゆっくりと進んでいく。
(……ん?)
ㅤすると、深緑の生垣からチラリと覗く様に、小さくて目立つ白い物が悠々と庭を闊歩しているのを視界の隅で捉える。
(猫だ……)
ㅤその正体に気付いた私は、心の中で小さく呟いた。
ㅤ毛並みの綺麗なその猫は紺碧色の首輪をしていて、その深い碧色は図らずも、私が今から会いに行こうとしている少年の瞳の色を彷彿とさせ、思わず足を止めた。
ㅤ動物を飼っている事は聞いていなかったが、見るからに高級そうなその猫は、間違いなくこの家の子だろうという事は容易に想像がつく。
「……猫」
ㅤ今度は確実に声に出して、噛み締める様に反芻する。
──これは余談だが、私は猫が大好きだ。
(ちょっとくらい……)
ㅤ人間、好きな物を目の前にすると、途端に自分に甘くなる生き物である。
(……ルイ君が帰ってくるまで、まだ少し時間がある)
ㅤポケットから携帯を取り出し時間を確認した私は、誰に聞かせるでもなく心の中で言い訳を繰り返した後、踵を返して庭を目指した。
◇◇◇
「確かこの辺に……」
ㅤ使用人用の出入り口で靴を履き替え庭に出た私は、少し腰を屈めながら先程見た白猫を探す。
ㅤ端から見たら少々情けない格好だが、眼前の目的しか見えていない私がそれに気付く事は無い。
「ねこちゃーん……」
ㅤ数回小さく名を呼ぶと、探していた猫が生垣からチラリと顔を覗かせる。
「見つけたっ!」
ㅤ発見した喜びで思わずボリュームを上げてしまった自分の声に反省しつつ、駆け出したい気持ちを抑え、驚かせない様にゆっくりと近付く。
ㅤ改めて近くで見てみると、白の毛並みは眩しい程綺麗で、表情は少しふてぶてしいがそこがまた愛らしい。
(結構人懐っこいのかな……)
ㅤ逃げる様子の見せない猫の隣に、私は腰を下ろした。
ㅤ猫もその場を離れるつもりが無いのか、大きく一度だけ欠伸をした後、その場に寝転がる。
「ふふっ…可愛い……」
ㅤあまりの愛らしさに思わず笑みが溢れてしまい、少々気恥ずかしく思った私は、辺りに誰もいない事を確認した後、もう一度猫に目を向ける。