第1章 碧に吸い込まれる
ㅤ少しでも長くこの時間を楽しみたいと思った私は、気持ち良さそうに寛いでいるこの子の邪魔をしたくなくて、不躾に触る事はせず、傍で眺めるだけにしようと決めた。
「……君はご主人様と違って人懐っこいね」
ㅤきちんと確認をとったわけではないが、私の中でこの子はルイ君の飼い猫だと勝手に思い込んでいる。
(これで違ったらちょっと恥ずかしいけど……)
ㅤ苦笑気味に心中で呟いて、もう一度猫に向かって独りごちる。
「……ルイ君と仲良くなるにはどうしたらいいと思う?」
ㅤ当然猫は応える事は無いが、お構い無しに私は続ける。
「……嫌われちゃったかな」
ㅤ今まで誰にも打ち明けて来なかった弱音を、目の前の猫に洩らす。
ㅤ一度溢れてしまった言葉は、どうしても止める事が出来なかった。
(これ以上どうしたらいいんだろう……)
「…結構しんどいなぁ……」
ㅤ私は猫から視線をずらし、膝に顔を埋めて外からの光を完全に遮断する。
ㅤ小さく吐露した掠れた声をルイ君本人に聞かれていた事など、蹲っていた私が気付く事はついぞ無かった。
◇◇◇
──貴女がこんなにも思い詰めていた事など、馬鹿な僕は気付きもしなかった。
(当然だ。話し掛けられても無視して逃げ出して、誰だって良い気はしない)
ㅤ僕に声を掛ける時、真さんは決まって笑顔だった。
ㅤだからなのか、彼女は傷付かないと無意識に思い込んでいたのかもしれない。
(……でもそんなのは言い訳に過ぎない。真さんを傷付けていた事には変わりない)
ㅤ先程みた情景を思い浮かべながら、僕の足はとある場所に向かっていた。
ㅤそれは父が昔、母の誕生日の時に贈った小さな薔薇園だ。裏庭のあまり人目に付かない奥まった場所にあるそれは、一人で考えたい時間が必要になった時、必ず僕が訪れる場所だった。
ㅤ目的の場所に到着した僕は、夕日を浴びながら一人、薔薇園の中心に佇む。
(……覚悟を決める時が来たのかもしれない)
ㅤ今まで充分逃げてきた。
ㅤ沢山の人に気を使わせて、もしかしたら僕が知らないだけで真さんだけでなく、他の人達の事も無意識に傷付けて来たのかもしれない。
「……いい加減、前を見なきゃ」