第1章 碧に吸い込まれる
「……梅本君……?」
◇◇◇
「後はお若い二人で」
ㅤそう言い残した梅さんは、何かを察したのかニヤニヤと口角を上げたまま、自分の仕事に戻っていった。
ㅤ二人きりになり気まずい沈黙が流れるが、意を決して私から彼に話し掛ける。
「……梅さんの孫って、梅本君だったんだね」
「……久我も、ここで働いてたんだな。いつから?」
「四月から……」
「へぇ…」
「……」
ㅤ会話が途切れ再度訪れた沈黙に、梅本君は頭に巻いていたタオルを無造作に取り、私が視界に入らない様に視線をずらした。
ㅤ私も彼と同様に視線を落として、手持ちぶさたにエプロンの紐を弄る。
(……気まずいなぁ)
ㅤ梅さんは気を遣って二人きりにしてくれたが、そもそも私達は特別親しかったという訳では無いのだ。
ㅤ同じ学校に通う、クラスメートの男の子。
ㅤそれだけの認識だった。
ㅤ寧ろ接点が無さすぎて、梅本君が私の顔と名前を覚えていた事の方が驚きなくらいだ。
ㅤ私はクラスの中でも目立つ方では無くて、誰にでも分け隔てなく仲良くなれるというよりかは、本当に仲の良い友達数人と高校の三年間を過ごした。
ㅤそんな私より彼……梅本君は、私の記憶の中では特別親しい友人などは居なかった様に思う。
ㅤ放課後になるといの一番に帰り支度を始めて、何かの部活に所属していた様子も無く、しかしそれとは反対の健康的な浅黒い肌が印象的だったが、長年庭師として働く梅さんを祖父に持ち、今現在彼自身も見習いとして必死に努力する姿に、成る程、そういう事かと漸く結び付いた。
ㅤルイ君とは系統の違う端正な顔立ちに、当時の身長は定かではないが、きっとあの頃より幾分か伸びて180近いのではないだろうかという長身。
ㅤ遠目から後輩や他クラスの女子が彼の姿を一目見ようと、廊下から顔を覗かせ眺めていたのを記憶しているが、それ以上に近寄りがたい雰囲気の方が勝っていたのだ。
ㅤしかしそれは梅本くん自身が人見知りだから等ではなく、梅本くん自ら遠ざけていた様に思う。
(……って、私って結構梅本君のこと見てたんだな)
ㅤ高校を卒業して数ヶ月経つが、自分でも気付かなかった事実に内心苦笑した。
ㅤしかしそれくらい、梅本君という存在は学校という閉鎖的な空間で、異質で人目を引いたのだ。