第1章 碧に吸い込まれる
「それじゃあ、そろそろ行きますね」
「いってらっしゃーい」
「頑張ってねー」
ㅤお手伝いさん達の応援を背に、私は先程教えてもらった部屋に向かった。
ㅤつい五分前に息子さんは学校から帰って来たらしい。部屋で待っていてと言われたが、帰って来て早々自室に知らない人が居たら息子さんも驚くだろうと思い、私の方から赴く事にした。
(うぅ~緊張してきた……)
ㅤ相手は中学生。
ㅤ何も緊張する必要など無いのだが、今の私には心臓の鼓動を静める事は出来なかった。
(あっ……)
ㅤここで私は大事な事に気付く。
(……息子さんの名前聞くの忘れた)
◇◇◇
……コンコンッ
ㅤノックをすると、まだ声変わりのしていない可愛らしい小さな声で、はい、という返事が聞こえた。ドアノブに手を掛け扉を開けようとする瞬間、その一秒にも満たない時間に、私の脳内が驚くべき速さで働き始める。
(まずはこんにちはと挨拶から……)
(否、夕方だからこんばんは?)
(その後は名前を聞いて……)
(でも教えてくれなかったらどうしよう……!)
(即刻クビにされたり……)
(もしそうなったらお父さんの方もっ……!)
ㅤ考えていると良くない事まで浮かんできてしまい、私は頭を振って無理やり思考を止めた。
ㅤ只でさえ重厚感のある扉が、より一層重たい物に感じられる。
(もう、なるようになれっ……!)
ㅤ改めて気合いを入れ直し、勢い良く扉を開くとそこには……、
(ぁ……)
──…一瞬、呼吸を忘れた。
ㅤ眩しい位に輝く金色の髪。
ㅤ宝石の様な碧い瞳。
ㅤ私よりも華奢で小さな身体。
ㅤ眼に映るもの全てがあまりにも神秘的すぎて、先程までぐるぐると考えていた思考は全て消し飛んでしまった。
「あの……」
ㅤ彼のあまりの美しさに魅入っていると、目の前の彼は少し戸惑ったように声を掛けてきた。
ㅤその鈴の様な可愛らしい声にまた魅了されながらも、私は慌てて挨拶をする。
「ど、どうもはじめまして……」
「あ、はい……」
「……」
「……」
ㅤ先程まで脳内で行っていた予行練習も全て抜け落ち、気まずい時間が流れる。
(落ち着け私っ……ここで失敗したら全てが水の泡! 冷静になれ!)